予想以上の優菜の反応に満足を得た明子は、さらに核心に迫った。
「そうよ、その時計よ。ところが沙織ったら信じられないことに、こんなに大事な物を、旅行先で落としてしまったというの。何でも上場企業の社長夫人で作る特別なサークルがあって、そこが企画する恒例の箱根一泊旅行にそれを付けて行ったわけ。彼女のことだから、物欲を満たすことにご執心なお仲間に見せびらかしたかったに違いないわ。何につけても一流を誇る質(たち)だから。かといって自分が出た大学は、決して自慢できるようなところではないくせにね。
とにかく、彼女は、自分が当代随一の美女であると思い込んでいたし、一般の人の手には届かない高価な“もの”を身に付けて、上流階級と称され、それを自認するような人たちとお付き合いすることを至上の喜びとしていた。そして、それが何よりも自分の生き方に相応しいと信じていたから……」
明子の表情には少しばかりの苦々しさが籠もっているようであった。それでも優菜は、黙って続きを聞いていた。
「だから、あれほどの時計を腕に巻いて、お仲間の注目を一身に集めようとしたのだわ。彼女にとって、自分に注がれる羨望の眼差しは、堪(こた)えられないほどの快感であったに違いないし。そして、いい気になって、高級ワインなんぞを飲み過ごし、酔い潰れてしまったのね。いつ、どこで、どのようにしてその大切なお宝が腕から抜け落ちてしまったのか、全く覚えていないと言うの」
「えっ、そんなに大切なお宝を本当に落としてしまったの? 信じられない。仮に私がいくら自慢しいだったとしても、お友達同士の旅行なんかに、あのような高価な時計、絶対にはめてはいかない。それをひけらかしたいならよく似た紛い物でごまかすけどね」
明子はここで彼女を遮った。
「確かに私たちだったらそんな物、していくはずないわよね。でも周りの人たちの階層を考えると、日頃から高級品に囲まれて生活している方々ばかりよ。本物か偽物かを見抜く目はとても鋭い。イミテーションという発想は彼女には湧いてこなかったんじゃない」
納得したかのように優菜は頷(うなず)き、感想を示した。