塵芥仙人ごみせんにん

お盆のこの時期ともなると、巷では不思議と怪談話に花が咲く。二人の女子職員も例外ではなかったようで、奇怪な話で盛り上がり始めていた。

一方、当の有三は、自らの出処進退のことで頭の中が一杯である。正夢と思しき幾つもの画像が浮かんでは消えていく。その暗澹(あんたん)たる場面の一巡を繰り返す。まず、おのれが機密情報の持ち出しの禁を犯す。そして紛失。結果、それに伴う情報の漏洩。

これによって、個人の責任ばかりか行政機関の責任が重く伸し掛かり、テレビ他種々のマスコミの前で謝罪会見。涙を見せて陳謝する自分。これらすべてが鮮明であった。このような胸中にあって、どうして、彼女たちの四方山話(よもやまばなし)なんぞに付いていくことができようか。

ところが、人間の知覚とは何とも不思議なものであり、近くで発生した音源の振動は、自覚もないままに、空気を伝って耳孔内へと侵入し、奥に張り詰めた鼓膜を揺らす。そうして、最終的に聴神経の感知するところとなる。傍で、弾む二人の会話も然りであった。明子は、その大きな瞳を輝かせて、眼前の同僚に話し掛けていた。

「優菜、あなたが好むような話があるの、聞いてくれる? 私が卒業した城北高校のさおり友人でね、ミス城北にも選ばれて、その後有名なファッションモデルになった沙織という子がいるの。ほらよくテレビに出てくる、あの小日向(こひなた)沙織よ。それ本名よ、知っているでしょう。週刊誌の表紙にもよく載るしね。そしたら、今なに? 彼女ったら大手スーパー・ウオコーの社長夫人なんかにちゃっかり収まっちゃって。美人って本当に得よね。

それでね、旦那から結婚記念日に贈られたプレゼントが半端じゃないの。『パール・マスター』とかいう時計なんだけれど、私、彼女からそう言われてもピンと来なかったので、インターネットで調べてみたら、超びっくり。ロレックスの至宝と謳われる時計でね。それがこれよ」

明子は、友人の顔色を窺いつつ、関心の深まりが濃くなっていくのを確認すると、さらに目を輝かせて、その時計が紹介されているスマホの画像を彼女の前に差し出した。それを見た優菜は驚きやら羨望やらが複雑に入り混じった表情を浮かべると、一言入れた。

「ローマ数字の上でキラキラと瞬いているのはすべてがダイヤモンドなんでしょ、明子。これって何で時計じゃなければいけないのかしらね? こんなに贅沢な時計を誰が作ったのかしら、そしてどのような人が身に付けるのかしらね。こんな豪華な物が実際この世に存在するなんて。そうそう、思い出したわ。この時計、ある女性誌に紹介されていた。見たことがある。確か値段が表示されていなかった。多分、高級車以上のお値段なんじゃないかと」