「いいえ、戦況は全て順調ですが、その際に城から三里余り離れた西の山影の竹林に目立たぬよう古びた屋敷があるのを認めました。屋敷は警護の兵士によって厳重に守られているのを不審に思い、兵を向け攻め落としました。中に居たのは成徳節度使の親族と思われる女子供でしたが、その中になかなかの美形の姑がいましたので殺すのも惜しいと思い……閣下の裁量を仰ぎたく連れて参りました」と、李徳裕の顔色を伺う張軌が頭を下げた。
「そんなことで来たのか、其方の裁量に任せる」
そう言うと横に置かれた大きな卓の前に移動し、戦場の布陣を記した地図に目を戻した。興味を示さぬ李徳裕に落胆したのか、張軌は気を引こうと縋る目を向けた。
「お目通り頂けたらと思い、姑を幕外まで連れて来ているので、会って頂けないでしょうか? 見るだけで結構です」
李徳裕は仕方ないと言った顔で「見るだけだぞ」と、頷いた。
張軌は、ほっとした顔で陣幕の外に出ると、宦官の従者に引き立てられ、所々に焦げの痕の付いた絹の衣を纏い、乱れ髪に首を垂れ縄に繋がれた姑が入って来た。
「閣下に顔をお見せしろ」
張軌の横で膝を着く姑の顎を摘まみ、従者が首を引き上げる。姑は意思を持たぬ人形のようにされるまま、目を閉じた生気ない青白い顔が持ち上げられた。