そんな中、穆宗の賛同を得た李徳裕は、融和政策推奨派の牛党の反対を振り切って出兵したのだった。成徳との戦況も優位に運び、勝利を目前にした日の夜だった。陣幕の外から警護の兵士の声が掛かった。
「張軌准将が閣下にお目にかかりたいと来ておりますが、如何いたしましょうか」
この時間に何事かと、訝(いぶか)り「明日の朝では遅いのか」と、問いただした。
「張軌准将は、戦利品をお持ちしたので是非お目にかかりたいと申しています」
「張軌准将は一人で訪ねて来たのか」
「従兵が二人ともう一方(ひとかた)の四人でございます。内密な話ですので、是非、直接お会いして話がしたいと仰っています」
警護の兵士に幕内に入るよう命じた李徳裕が、煩わしそうに目を上げた。
「会ったが、良いか……」
小さく警護の兵士の顔色を読んだ。兵士が目を伏せながら大きく頷いた。
「では武装を解いて張軌だけを陣幕の内へ」
李徳裕は兵士に陣幕の外へ迎えに出るよう目配せし、剣を側に引き寄せた。
「突然、夜分にお伺いし申し訳ありません」
腰を屈めた張軌が陣幕を潜って入って来た。
「何か変事でもあったのですかな」と、李徳裕が不審の顔を向けた。
「閣下の指揮の下、戦いは連戦連勝、本日は先陣に位置する敵の出城を陥落させ本陣に迫ることができました」
「存じておる。何か不手際でもあったか」