「可哀そうに、あの人死んじゃったんだ」
カトリーヌは声を落とした。
「もう私行くね。ワルツさん、手紙書くよ。いろんなこと、ありがとう。リュシアン、バイバイ」
カトリーヌの声には素っ気なく感じるほど乾いたものがあった。
「あっ、リュシアンにひとつだけ言い忘れてた」
カトリーヌは僕の耳に自分の唇をくっつけた。
「私はリュシアンの秘密知っているんだ。でも誰にも言わないから安心して」
僕は内心、ひやりとした。ワルツさんは、「まだ三日もある」と言って、カトリーヌの去っていく姿を窓から目で追っていた。
次の日、牧師さんの奥さんは死んだ。本屋の隣の隣の肉屋の主人のイワンさんが知らせてくれた。朝ご飯のパンが喉に詰まったワルツさんの背中を、肉屋のイワンさんがぽんぽんと叩いた。
「すまんな、ちょっと驚いてしもうた」
死因はまだわからないという。
「朝のお祈りに来ない奥さんをカトリーヌが呼びに行って、血を吐いて倒れている奥さんを見つけたそうだよ」
「寝巻のまま、寝台から落ちていたらしい」
イワンさんはでっぷりしたお腹をゆすって、ワルツさんのミルクを無断でぐいっと飲んだ。ということは、牧師さんが礼拝の支度をする時までは生きていたんだな、とワルツさんはひげを撫でている。
いい気味だと、僕は思った。口から血をたくさん吐いたなんて、最高じゃないか。天罰が下ったんだな。
奥さんの葬式は参列者もまばらで、この季節のためか、お花もなく寂しいお葬式だったらしい。牧師さんは奥さんを亡くしたショックのあまり、葬式のあと寝込んでしまったそうだ。
僕はカトリーヌの様子を聞きたくて、葬式から帰ってきたばかりのワルツさんのあとをついて回った。
「リュシアン、カトリーヌは大丈夫だ。しばらくは牧師さんの世話に忙しいじゃろう。島を出るのも延期になった」
ワルツさんは僕に右目だけでニタリと笑いかけた。