四 アメリカ第二の故郷
家に着くと、荷物を床に置き、ベッドに横たわった。すると、ホストマザーのメリアンが、
「ケンジ、さっきの人だよ。」
と言うので、玄関に出た。「ジュアン」だった。
「スキーのブーツを忘れてきた。一緒に取りに行ってくれないか?」
と頼まれる。
「えっ、ドナルドさんと行ったら?」
と言うと、彼女は、
「彼はもう家に帰った。」
と答えるだけだった。仕方なく、
「イエ~ス。」
と言って、今度は彼女の車で同じ道をまた二時間かけて行った。
「今度は彼女と一対一で話さなければならない。」
と思うと、緊張した。どんな話をすればいいのか迷った。とりあえず日本のことを話した。しかし、彼女の顔は、そんな話に集中してきいているげではなかった。
「忘れてきた高価なブーツのことが気になるのかな?」
と思いつつ、
「ブーツあるといいね。」
と言うと、意外な言葉が返ってきた。
「ケンジ、ドナルドのことどう思う?」
と訊いてきたのだ。突然の質問に何の構えもなく、普通の返答をした。
「え、どう思うって。ドナルドさんはいい人だよ。親切だし、仕事もまじめにやるし。」
彼女は、
「ドナルドとは付き合わないことにする」
と言う。
「どうしてなの?」
と敢えて訊く。しかし、沈黙のままだった。
彼女の瞳には、涙が溜まっていた。対向車のライトで照らされた彼女の顔は、なんとなく悲壮感が漂い、その涙は決断の印だった。
その後、車の中で、一人ひたすらしゃべっていたように思う。彼女の気持ちを察してか、ずっと一人でしゃべっていたような気がする。ドナルドさんの立場、ジュアンの立場、そして、日本人としての自分の立場、いろいろな立場が交錯して話をした。しかし、彼女の涙の量は、変わらなかった。拙い英語力の無力さを感じざるを得なかった。
ブーツは、あった。しかし、そんな安堵感よりも、重くのしかかった気持ちでいっぱいだった。
帰りの車中でも、またしゃべった。意味のあることでも、意味のないように思えたが、なんとかしゃべり続けた。後に振り返ると、これほどの生きた英語の勉強はなかったのではないかと思う。英語の勉強=人生の勉強だった。