赤子は外でも容赦なく泣き続けたが、それほど注目されることはなかった。誰もが自分の手の届く範囲に閉じこもり、その外には徹底した無関心を決め込んでいる。よくよく考えれば奇妙な光景だが、今日ばかりはつけっぱなしのテレビを放っておくような彼らの冷たさが、何よりありがたかった。

外へ出たはいいが、行く当てなどない。尚も喚き立てる赤子を抱いて、ひたすら賑やかな通りを歩いた。心身が疲労と鈍痛に押し潰されていく。どこかで休みたかったが、こんな深夜に騒がしい赤子を受け入れてくれる店があるとは思えない。

重い足を引き摺って、人通りの減った駅前広場までやって来た。街路樹が植えられた石造りの植え込みに腰を下ろすと、ひやりとした感触が火照った身体に沁みた。全身が異様に重く、自分も植え込みの一部になってしまったかのようだ。そういえば、少し前から吐き気もひどくなっている。昨日まで住んでいたマンションは、今朝引き払ったばかりだ。別のホテルへ行こうにも、赤子が泣いていては迷惑がられるだろうし、そもそも今は立ち上がる気力すらない。こういうとき、気が置けない友人が傍にいてくれたらどんなに心強いだろう。いや、それほど親密でなくてもいい。この際、悪意がなければ誰だって構わなかった。

あの女の顔を思い出しそうになって、慌てて弱音を掻き消した。友人がいないわけではない。だが、今はとても頼る気にはなれなかった。一瞬にしてすべてを失ってしまった経験が、あらゆる人に対して猜疑の目を強いる。深手を負ってしまった心は今もたびたび疼いて、安易に他人を頼ることを許さない。

赤子はいつの間にか眠っていた。その安らかな寝顔は、どことなく父親の冬輝(ふゆき)を彷彿させる。目を逸らさずにはいられなかった。この子の顔を見る度に、二度と会うこともない彼を思い出してしまう。噛み締めた下唇が、きりりと痛んだ。だがその痛みも、これからの人生を想像すると痛みとさえ言えなかった。

冬輝は、爽香と同い年の二十二歳で、聞けば誰でも知っている国立大学の四年生だ。彼とは二年ほど前、書店のアルバイトで知り合った。線が細く神経質な冬輝と、快活でおおらかな爽香は、まるで正反対の性質を補い合うかのように惹かれ合った。二人の間には、交際から半年ほどで同棲の話が出始めた。その後、ひと月ほどで同棲を始めた二人は、これまで以上に互いの気持ちを温め合う日々を送った。

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