改めて部屋を見渡すと、ベッドの上に不規則な斑点が散らばっていた。シーツの柄や汚れではない。ここに来る前、薬局をはしごして買い集めた大量のカフェイン錠剤だ。それらを一粒残らず飲み下すためここに入ったのだが、空のコップにすべて取り出した矢先に陣痛で倒れ、あとは見ての通りだ。

「開けてください。他のお客様から苦情が出ています」

厳しいノックに続き、従業員らしき男の低い声が聞こえた。部屋はあらかた片づいたものの、頭の中はまだまだ散らかっていて考えがまとまらない。だが、じっくり考えたところでこの状況が好転するだろうか。結局のところ正面突破しかないことくらい、初めからわかっていた。

赤子をそっと抱き上げる。腕に心地好い重みを感じると、ますます肝が据わってきた。さっきまでの陰鬱が嘘のように、暢気な笑みまで込み上げてくる。どこまでも暗かった行く手に、少しだけ光が射したような気がした。

そろりと扉を開け、待ち構えていた従業員にいきなり頭を下げた。続けて、相手が口を開くより早く、強引に金を握らせる。これだけ渡せば、汚してしまったシーツやマットレスを買い換えてもお釣りが来るだろう。野次馬たちは目を皿にして、その一挙手一投足に食い入っている。絡みつく視線の束へ満面の笑みを返すと、野次馬たちは気まずい顔をして一斉に視線を逸らした。

その隙を見て床を蹴り、一目散に出口へ走った。誰かに呼び止められたような気もするし、何も聞こえなかったような気もする。自動ドアの向こうの、街の灯りが果てしなく遠い。このときほど時間の進みを遅く感じたことはなかった。

すでに日付は変わっていたが、盛夏の繁華街は人ごみの余臭でむせ返るようだった。そろそろ終電の時間だが、大規模なターミナル駅に近いせいで、喧噪を求める人々の流れはまだまだ活気に満ちている。