第一章
4 さまよいは続くよ、どこまでも
エリオットを読みながら、あまりのつまらなさにいつしか寝てしまった。母親からの夕食の呼び出しで目を覚まし、大あくびをかましながらダイニングに向かう。テーブルではすでに食事を終えた父親が、爪楊枝をくわえながら夕方のニュースを見ていた。
私は椅子に腰掛け、テーブルに置かれてある麻婆ナス、モロヘイヤ、煮魚といったものを眺めた。
なんの不満もないのに、母親が、「今日からはいつも通り、ごちそうなんて出ないよ」とぶっきらぼうに言って、ごはんのよそってある茶碗を私に差し出す。
私はうつむき加減でもくもくと飯を食った。十九歳の自分の食べ方はこんなだったかな?と真似ているつもりだ。果たしてそれは功を奏した。
「なーんか成長しないねえ」母が私を見てがっかりしたようにつぶやく。「昔もぼさあっとして、そんな食べ方してたよ、ねえお父さん?」
父はテレビからちらと目を離し、「あ? ああ、そうかもなあ、へ、へ、へ」となにがおかしいのか、語尾が笑っていた。父には昔からそういうクセがある。もう七十一になり、白髪混じりの髪のぼさぼさぶりは、定年のない農家の頑健な体同様、健在だ。
「それよか景気が上がんなくて困ったもんだ。へ、へ」
「どうして?」と私は尋ねた。菊の需要は葬式や墓参りが多くを占める。「コロナのせいで葬式増えてるんじゃないの?」
私の意見に父は、カッ、と笑った。
「コロナで死ぬなんてこと、ほとんどないだろうに。むしろコロナで葬式を縮小するのが多いだろ?」
「それで思ったより、菊が出てかないわけだ」
それを母が受け継ぎ、「すっかり簡素なお葬式が染み付いちゃってさあ、前みたいに菊が出てかないんだよねえ」私とともに食事を始めつつ、ぼやく。
「まあでも、ゼロじゃないんでしょ?」麻婆ナスをほおばりながら、他人事のように私は言った。
「ゼロのわけねえよ。でもよう、ちったあ菅総理に景気良くしてもらわねえと、困っちまうよ。圭一だってそうだろうよ? 圭一こそ、か。へ、へ、へ」
無職の私をあてこするように父は嗤った。無論悪意などないから腹は立たない。かつての私なら内心殺意を抱いていたかもしれないが。
たしかに景気が回復してくれなければ再就職だって覚束ないので、菅総理には頑張ってもらいたいところだけれど、今の私には大した関心事ではないから、「秘書にでも雇ってくれるんなら、菅さん応援するんだけどね」
つまらなそうに答える私を見て、両親は顔を見合わせている。
「なに考えてんだかね、圭一は。いい年して夢みたいなことばっか言って。早く次の仕事探しなさいよ」
そう母に小言を言われて、ようやく私はニンマリした。日記にはこうある。