第一章
3 サカ
過去の日記の内容を振り返りながらサカを眺めていたら、彼がふとこちらを見た。むしろ私が慌てて視線を外し、自転車を漕ぎ出す。もし私にもっと胆力があれば、視線を外すことなくこう目で訴えただろう。
(オレは帰ってきたよ。あの頃のように、さまようために。今ではあんたが「忘れ物」とつぶやいて、オレに日記を返した意味が分かる。オレは忘れ物を取り戻しにきたんだ。過去という忘れ物を)
格好つけたセリフじみたものを思い浮かべてみたけれど、私が次にしなければならないのは、本屋、もしくはコンビニあたりでのエロ本購入であった。実のところ日記には、本屋でのエロ本購入のことなど記されていない。しかし帰宅後の私の行動は、こうある。
『 ……図書館から帰ってから、借りてきたエリオット詩集を読みはじめる。駄詩人と言いたい。まるで難解だ。てめえの知識をひけらかすがごとく、収集した資料を作品にぶちこみ、自分にしか分からないような表現方法でもって読者をケムにマキ、頭を悩まさせ、それを見て悦に入ってやがる。
どんな立派な思想だって意味が分からなければ無意味である。ラテン語の聖書といっしょだ。これで二十世紀を代表する詩人とはオソレイッタ……。
偉大な詩人に対して、生意気なことをほざいているぼくであるが、告白しなければならない。帰宅した直後にぼくはオナニーをした。机に隠し持っているエロ本で。やりまくってる大人の女たちで。まったくエロい女の魅力には勝てませんばい。
こんな罪深いことばかりやっている自分を罰するために、ぼくは自分の顔面を拳で殴った。もしかしたら、あのことでも殴っていたかもしれない。あんなトシハもいかない女の子に対して、ぼくはなぜ興奮してしまったのか……。
オナニーをしたのだって、図書館でのことをまだ引きずっていて、このままでは読書に集中できそうもないから……。でもぼくが精子を吐き出した相手は、大人のAV女優に対してだ。あの子じゃない。だからって許されるわけじゃないから、ぼくは何度も自分を殴った。なにやってんだよ!とうめき出しながら…… 』
家に帰った私は、麦茶をがぶがぶ飲んでから部屋に入り、冷房をつけ、ベッドに寝ころがって部屋が涼しくなるのを待った。コンビニで車雑誌を買うついでに、といった体でなんとか購入したエロ本には、まだ手を付けない。暑くてそれどころではない。
日記では隠し持っていたエロ本とあるが、そういうものがもうなかったから、購入しなければならなかったのである。かつては机の奥にしまっていたのだが、さすがにもう廃棄してしまい残っていない。
だいぶ部屋も涼んできたので、そろそろ取り掛かることにした。袋からエロ本を取り出し、表紙を眺める。きわどい下着をつけた表紙のカワイイAV女優より、シロウト3Pとか若妻悶絶日記とかいう見出しの方が、ずっとエロい。