塵芥仙人ごみせんにん

彼の役所では、各部局が収集した情報は、一旦、中央の管理システム内に一括して保存をし、必要に応じて随時、そこから取り出す方式を取っていた。しかしながら、役所での多くの業務において、正規の時間内で仕事が片付くことは、一部の業種を除いては稀であり、やり残しは、自宅に持ち帰って秘密裏に仕上げるということが多かった。

皮肉にも、有三のように、管理職の立場にある者には、課の所属職員に対して、情報管理に関わる遵守事項の徹底を図るべく、日々、指示、指導をしなければならない責任があった。

しかしながら、有三を含め、陰では多少なりとも融通を利かせるところがなければ立ち行かなかったのである。ただし、この裏手段を敢行するにあたっては、万一の場合に備えて、個人が情報を収めるUSBはハードロックキーなる機能を有するものを利用するなど、他人が覗くことができない工夫を凝らしていた。

しかし、これもよくよく考えてみれば、その現物を丸ごと紛失してしまったなら元も子もない話なのである。

恐ろしいことに、有三の場合、何と脳天気なことであろうか、入庁以来この方、相も変わらず無防備極まりない保存ツールに情報を詰め込んでは、持ち歩いていたのである。

葉月も三週目を迎えた十五日、盆休みを取って帰郷する職員は多かった。

幾分殺風景となった開発事業部では、有三が、次年度の春から着工予定となっている新設駅前開発での公式企画書の成案を確認していた。市の成長戦略の一大事業として十年前から計画され、官民両者の期待を一身に集めて今日に至っている。十月の議会を前にして、九月の運営委員会で最終成案までの承認が下りなければ、議案の提出に間に合わず着工が一年以上も遅れることになる。

定年を前にして、自分に与えられた最後の花道を飾るためには、何としてもミスなく案を完成させたかった。それには細部にわたってもう一度、丁寧にチェックを入れる必要があったのだ。

しかしこの日、彼には普段より早目に帰宅をしなければならない理由があった。

それは今日が三十年も連れ添った妻の誕生日だということだ。そのため、吟味未終了の箇所は、家に持ち帰り仕上げるしかなかった。折しも、朝から容赦なく照り付けた灼熱の太陽は、辺りの湿り気を悉(ことごと)く吸い上げていき、地上に立つあらゆる物からその影を奪い尽くしてしまうかのような暗黒なる大魔神を呼び寄せたのだ。

上空は一挙に暗転してしまった。有三が、定時の三十分前に帰宅の途に就こうと目論んだ矢先の出来事であった。