「こんな若い子が散っていくのはおかしい。何とか生き残ってほしい」

亀太郎を囲む整備士たちは、誰もが内心そう願っていた。皆の願いが通じたのか、出撃する機会がないまま終戦になったそうだ。

「兄貴は、俺に一度もそんな話をしたことはなかったよ。『俺は鹿児島から一歩も出たことがない』という話は聞いたことがあったけど、とんでもない、若い頃に全国をあちこち回っていたんだ。家に帰って兄貴に電話して聞いたら、『うん』と一言だった」

孝太郎が興奮気味に話すのを聞いて、あの柔和でとても愉快な性格の亀太郎の顔が浮かんだ。また、その裏には誰にも見せたことのない全く別の顔があったことを知った。

亀太郎が亡くなる前の晩、紗季は骨折した右手の手術を翌日に控えて同じ病院に入院中だった。お見舞いに顔を出すと、元気な声が返ってきたのでまだ大丈夫だと思っていた。紗季が手術から目覚めると、亀太郎は紗季の手術中に亡くなっていた。

まるで最後の命の一滴を紗季に注ぎ込んでくれたようで、紗季は四人部屋のベッドの上で声を殺して泣いた。

きっと亀太郎は、先に逝ってしまった仲間たちに申し訳がなかったのかもしれない。自分だけが生き残ってしまったという申し訳なさで何も話せなかったのだ。そんな気持ちを誰にも語ることなく一生涯胸に秘めて逝ってしまったのだ。辛かっただろうなあと紗季は思った。

亀太郎は定年後、老人ホームやいろんな施設にアコーデオン持参で慰問に行くのを楽しみにしていた。せめてもの罪滅ぼしのつもりだったのかもしれない。彼には何の罪もなかったのに。

鹿児島から特攻機が飛び立ったのは、ここ知覧だけではなく、知覧から西へ一五キロメートルの加世田にある吹上浜近くの万世ばんせい空港がある。

また大隅には、海軍の特攻隊として飛び立った鹿屋かのや空港がある。それぞれに万世特攻平和記念館、鹿屋航空基地資料館があり、知覧同様特攻隊員の写真や遺書などが展示されている。

万世には吹上浜沖から引き揚げられた「零式三座水上偵察機」が展示されている。この機は、日本に一機だけ現存する重要航空遺産である。特攻機の燃料予備タンクは、機をできるだけ軽くして速く飛べるようにと、竹を編んで作られた篭を和紙で覆ったものだった。

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