紗里の家は代々続く羊羹屋だ。紗里は四人兄弟の三番目。
「まあ私は上二人に比べたら自由な方だよ」
ほうじ茶を飲みながら紗里は気楽な感じで言い放った。
「これよかったら」
渡された老舗羊羹店の紙袋をぶら下げながら僕は思い出していた。紗里の横顔が少し寂しそうだったことを。
帰宅すると祖母が来ていた。母と台所の小さなテーブルを囲み、お茶を飲んでいる。
「これ食べて」
母に紙袋ごと渡すとギョッとされた。
「何? どうしたの?」
「え? どうしたって、何?」
「これよ」
紙袋の中の羊羹のことらしい。
「もらったんだよ」
誰に? なんでこんな高級品。あなたが買ってくるわけないわよね、あーびっくりした等と失礼なことを言った挙句、さっさと包みを開け、包丁で切り分け皿に乗せ運んで来た。
なんの変哲もない普通の色形をした羊羹だが、そこには品格があった。艶となめらかな断面はその辺に売っているものとは比べものにならない姿であることは僕の目でもわかった。
「やっぱり美味しいわね」
「上品な甘さなのよねー」
母と祖母は目を細めながら羊羹を咀嚼している。
祖母が湯呑みを手に取り、ずずずっと音を立てて啜(すす)ると急に口を開いた。
「そのお嬢さんと交際しているのかい?」
祖母の静かだけど威厳のある声に一瞬空気がピリッとした。
「えっ? そうなの?」
母の気の抜けた声にその空気は和らいだが、僕は構えた。祖母は僕の方を見ている。