人の家に勝手に踏み込まれたら困るとまで言われ、仕方なくワルツさんは教会を出ていった。僕は残った。こっそりカトリーヌを見守ってあげたかったんだ。

ひとりで部屋に残ったカトリーヌは、教会の書類を箱に押し込んでいた。

僕は外に回って窓からその様子を見ていた。

「リュシアン、入っておいで」

「そこにいるのはさっきからわかっているんだ」

「奥さんと牧師さんは食事中だからしばらくは来ないよ」

窓から入ろうとした僕をカトリーヌが両手で自分の胸の中に招き入れた。

やっぱり、熱が高い。

「リュシアン、心配しなくていいんだよ。私は子供の時からしょっちゅう熱を出すんだ。

でも、すぐ下がる。それにミルクの配達の仕事は昨日でやめたんだ。だって、もうじき、ここを出ていかなくちゃならないから」

ワルツさんは昼寝もしないで僕を待っていた。

カトリーヌのことが気になって仕方ないんだろう。

「リュシアン、人のことをあれこれ言うのはわしはどうも苦手だが、あの牧師さんの奥さんはひどい人だ」

「カトリーヌの母親のアンジェは物静かで優しい人だった。実はアンジェはこの島の出身でな。アンジェはたくさんの困難を乗り越えて、カトリーヌとともにここに帰ってきた。

聞き分けのないやんちゃなカトリーヌに小さな頑固者とあだ名をつけ大切に育てていた。ここの窓から、手をつないで歩いていくふたりの姿を見かけることもあった」

ここからの話は島の人たちもよく知っていることだ、とワルツさんは前かがみになり、僕に自分の顔を近づけた。

「カトリーヌのお母さんは、千里眼の人だった」

僕は、昔一緒にいた占い師のことを思い出した。

第三の目が開かれていて肉眼では見えないものが見えるというふれこみで商売をやっていたが、あれはまったくのインチキだった。

「あることを境にカトリーヌのお母さんのところへ島の人が相談に来るようになり、やがて幾人かの行方不明者の居場所が確認されたんじゃよ」

ワルツさんの目は自分の身の上話をする時より悲しげだ。

それまで島の人たちは相談役だった牧師のところに誰も行かなくなり、ミサの参列者もごくわずかになってしまったそうだ。

アンジェはな、とワルツさんはなおも続けた。

「自分で望んでそうなった訳ではないんだ。沼で溺れそうになっていた子供の姿を予見して、子供を助けたんだ。それまで、自分の力のことは隠して生きていたらしい」

牧師夫妻はアンジェに魔女の烙印を押した。

【前回の記事を読む】「あんたの父親はどこの誰かわからないっていうじゃないか」と水の中に放り投げられた本…。