プライベートでも兄は陽気で友人も多く、毎日のように遊び歩いていた。金もあるし女にモテる。世間で言うところのチャラい男だ。彼女もとっかえひっかえしているようだった。それでも結婚はしていなかった。兄は賢いけれど、人間的に村長に向いているのだろうかと、ずっと疑問に思っていた。
逆に、私は家の中にいるのが好きで友達も少ないし、彼女もいない。双子で顔は似ているものの、考え方は正反対。そんな私がまさか村長の「影武者」になるとは。本当に兄の代役が務まるのだろうか。初日からあまり乗り気ではなかった。
村役場から一時間ほど車で走り、最初の目的地「道の駅ヒノタマ」に到着した。車を降りると
「村長さん、よかったね」
「村長、おかえり」
「おーい、村長さん、こっちにも来てね」
四方八方から声がかかる。
(兄はどこにいっても人気者だ)
小さく手を上げて声に応える。
「どうも、どうも」
(この影武者という役目は本当のことを言えないだけに心情的に辛い)
道の駅の各店舗に声をかけあいさつに回り、昼食の時間となった。神田課長は人懐っこく笑いながら教えてくれる。
「村長、いつもここの食堂でお昼ご飯を食べているんですよ。近頃は、イノシシやシカといったジビエ料理が名物になっていまして」
「そうですか。じゃあ、ここで食べましょうか」
小綺麗な食堂の奥の席に陣取った。
「村長さん。新しいメニューをぜひ食べてくださいね」
食堂のおかみさんが微笑みながらお茶を運んできた。
「では、その新メニューを」
しばらく待つと、新メニュー「山菜づくし定食」が用意された。つくし、たけのこ、マイタケといった山菜やキノコの小鉢が十種類以上も並んでいる。どの料理も田舎のおばあちゃんが作るような料理ばかりだが、どれもいい味だ。
「なかなか美味いね。これも道の駅の新しい名物になるよ」
私は新メニューに太鼓判を押した。「影武者」のことはさておき、この日野多摩村の人情深い雰囲気はじわじわ好きになっている。兄貴がこの村に来たのは、この感覚なのかと少し理解できた。