「ふん、また男の話かい。よくある話だ」

袋田マス江は親指をなめて、つまらなそうに新聞をめくった。

「ちッ。男、男、男、男……。馬ッ鹿じゃないの」

「いつわかったのよ、その話」

と睦子。

「今朝、五時頃、思い切って彼のアパートに行ったんです。どうしても眠れなくって。あたし怒鳴っちゃったんです。辰郎に。もう、取り返しがつかない。……ああ、でも、どうしよう。辰郎に、嫌われちゃうかも知れない。ひどいこと言っちゃったし」

「嫌われるも、なにも。彼の方が悪いわよ」

睦子は、自分の過去の苦い経験を思い出した。房総半島の古民家で、彼女の元の連れ合いが、若い少女のような女を、錯乱した睦子の手から、かばったのだ。

「しょうがないんです。だって、わたしの知らないところに、もうひとつの生活があったんだもの。歯ブラシも二つ、マグカップも二つ。騙されてたんだもの。無理して、親に言えないようなことまでして、お金作ってあげたのに。ひどいわ。あんなに、あんなに」

彩香は顔を覆い、わあッと泣き出した。指には銀色のマニュキュアが光っていた。マス江は足の指のペディキュアに気がついて、大発見でもしたかのように、ジロジロ見たあと、睦子の方に、意味ありげに合図した。

「親に言えないようなことって?」

マス江にはかまわず、睦子は彩香の顔を覗き込んだ。彩香はベソをかくように顔を崩し、訴えるような目をして、睦子の前で大きくコクリと頷いた。いいわよ、いいわよ、言わなくて、と、店主は小さく囁いた。

「へーえ。そんなことまで、したんだ。あんな遊び人みたいな男のために」

唐突に、マス江が歌うように言った。

「サーファーって言うんだろ、ああいうの。親に言えないようなことまでしたって、だいたいわかるよ、時代遅れのあたしにだって。どうせ、そのおっぱい使ってねえ。一体、いくら貢いだんだい。最近のシロウト娘はまったく、油断も隙も、ありゃしない。……ありゃ、また株が下がったわ。ふーっ。日本経済、ますます低迷す、か」

老眼鏡を掛けて新聞を開いていたカウンターの袋田マス江は、ばさばさと粗雑な音をさせて、次のページを開いた。しーっ、と言って、店主は指を口に当てた。

「ああ、もうアヤカ、生きていけない。なんでこうなるの。もう少ししたら、仕事でイベントに出なけりゃならないのに、何も準備してないし」

そのまま彩香は両手で顔を覆って、テーブルにつっぷした。

「仕事って、大変なのかい?」

睦子はそれを覗き込むように、腰を屈めた。

「お台場の向こうの展示場で開催するバスやトイレの展示会なんです。担当ブースで、わたしお風呂に入りながら、解説するんです」

「へーえ。裸かい」

マス江が妙に反応した。

【前回の記事を読む】サングラスをかけて入ってきた横柄な態度の女性客にイラッ!