涙があふれた。自分が大嫌いで、でも自分を心から信じて、だれが味方してくれなくたって、自分だけは自分の最高の味方だったんじゃなかろうか。どんなにしんどい時も、逃げない、あきらめない、そして自分を奮い立たせて、とにかく最後まで粘り強く挑み続けること。ダサくて、泥臭くてかっこ悪いかもしれないけど、そうすれば必ず、後から結果はついてくるんだ。

世の中にはもしかして、不可能なことはそうそうないのではとまでこの頃には思うようになってきていた。不可能だと思うのは自分で勝手に限界の壁を設定しているからなのであって、自分で行けると思えばどこまでも行けるのかなと本気で思った。

そうして始まった大学生活。でもここでもやはり摂食障害がひどすぎて、初めて家から出られなくなった。大量のお菓子やパンを食べてはすべて吐き出し、そしてそれをまた繰り返し、を一日中していたこともあった。

一生懸命頑張って、でも誰かに認めてほしい、でもそれが満たされない。その苦しみから、だれも傷つけないでいい、自分だけが傷ついて自己解決できる、過食嘔吐という手段によってのみストレスを発散させ、気持ちを緩めて平静さを保ってきたのだと思う。 

結局大学でも大学院でも社会人になってからもずっと他人にはひた隠してその感情を心の中で押し殺し続けてきた。日本から離れてカナダに移住してからも波はあるものの、毎日のようにひどい状態を繰り返してきた。

十二歳から二十六年間もずーっと一日たりとも休みなしで続けてきてしまった。

「あなたの特技は?」と聞かれると「一度始めたことを継続することができること」と必ず言うのだが、皮肉にもこの摂食障害こそ、人生で一番長く続いてしまったことかもしれない。

傍からみると、何不自由なく生活しているように見えるだろう。でも、実際は、すべての自分の歯を失い、視力、聴力もかなり低下し、ココロも体もズタボロで、今、こうして生きていることが奇跡だと思う。

どんなことでも努力さえすれば、必ず結果は後からついてくる。克服できないことなどないんだ、と信じて歩んできたこれまでの人生。そして実際大抵のことはそうやって乗り越えてきた。

それなのに、どうしてこの摂食障害という病気はこんなにも執拗にわたしにまとわりついてきて離れられないんだ。頭で考えてもわからず、何の解決にも至らず、むしろストレスになってさらに拍車がかかってしまうのだからこんなに厄介で恐ろしい魔物はこの世にないのではと思う。

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