天国飯店は、もう百メートルも歩けば千本通りに出る辺り、夏生たちが歩いてきた街道が南北に走る何本目かの街道と交差する四つ辻の南東にあった。四月の薄暮の中、天国飯店と書かれた四角い看板の周りを縁取るように、行儀よく並んだ黄色い電球が点滅している。電球の点滅は光を右回りに回転させているように見えた。その黄色い光の回転は、腹を空かせた客を店の中に誘っているようだ。

「もう六時や。腹へったなあ」

西山は夏生が戸惑わぬようにと先に店の中に入っていった。

「いらっしゃあい」

男の声が聞こえたが、夏生の目に最初に飛び込んできたのはカウンターの朱色だった。

天井の蛍光灯に照らされて艶々と光っている。そのカウンターの前には、座面が円形の黄色いカウンタースツールが等間隔で並んでいた。西山が座面をクルッと回転させて座ると、その左隣に夏生も座った。

「今日はバイトさんがおらへんで、わし一人でたいへんなんや。西山君、暇なら入ってんか」

厨房には身長が百八十はあろうと思われる男性が一人。こちらに背を向けてガタン、ガタンと中華鍋を振っている。

「何する?」

西山はおっちゃんを無視し、夏生を見てから視線を上方に向けた。

そこには、メニューが書かれたプラスチック製の板が、カウンターの客に見やすいように傾斜を付けて吊り下げられていた。夏生はこれまで中華料理屋というところに入ったことがなかった。彼が育った小さな町には大衆食堂はあったが中華料理店のように専門の料理を出す店はなかった。

餃子は「ぎょうざ」と読めた。炒飯も「チャーハン」と読めた。天津飯 (てんしんはん)、爆肉(パーロー)、芙蓉蟹(フーヨーハイ)は読めなかった。読めなかったし、どんな料理なのかも分からなかった。

【前回の記事を読む】この部屋で四年間生活するんだなあ。本をたくさん読もう・・・