鳶加藤
風間村(風間谷)に住む、風魔一党が仕える〝北条氏〟の当主は、三代目北条氏康である。
初代の北条早雲が最初に拠点として選んだ地は、伊豆であった。そこから小田原城を攻め取り、その後小田原を本拠地とした。
今では、北条氏が小田原城を拠点にしてから約六十年も経っている。以後、北条氏は、二代、三代とその目を関東に向けながら、着々と勢力を伸ばして来た。
二代目氏綱は、関東支配の礎を築いた。本拠小田原は、三代目北条氏康の時には、城下町も整い、関東における政治や経済、産業、文化の中心として繁栄した。
北条氏の家中で、風魔一族に直接指示を出すのは、初代北条早雲の四男にして末子の北条幻庵である。
幻庵は、三代目当主、北条氏康の大叔父に当たる。幻庵は、北条家の中で、最大の領地を持ち、箱根・小田原を領有していた。
北条氏は現在、伊豆・相模(神奈川)・武蔵(東京・埼玉)全域を支配下に置き、駿河・下総(千葉北部)・上野(群馬)の一部も領有している。
風魔一党が、今回出陣する沼田城周辺は、北条領国の中でも極端に飛び出ていた北の最前線である。
四代目風魔次郎太郎の演説より、三日が経ち、いよいよ今日が出発の日となった。
時刻は、朝八時。出発する忍者二百名は皆、朝餉を食べ終え準備万端である。
天気も良く、静まり返る忍者集団に向かって、ピーピーピーとメジロの鳴き声が響き渡る。
風間谷の底を流れる清流から、シュラシュラシュラとせせらぎの音も聞こえて来る。
「皆の者。出立の準備は良いか。残る者は、留守を頼むぞ」
戦闘用の衣装を着ている四代目頭目が、出陣する者たちや留守で残る者たちに声をかけていた。
忍者たちは、普段は紺色に染められた農作業服を着ているが、戦闘時には、山着・野良着を改良した茶色の服を着用した。
闇に紛れるため、色は黒ではなく茶色(柿渋色やクレ色=夕暮れのような色)に近いものを着用する。〝六尺手拭〟を覆面に用いる者もいた。
「合点承知の……」
上忍の臨太郎が、いつものように合いの手を入れようとした時、牛舎の牛が急に暴れ出した。その牛は、出陣のため整列していた二百人の風魔軍団の列に突っ込んで来た。
それを見た別の上忍の闘次郎が透かさず、牛に鉄拳を食らわせ、牛を気絶させた。
「牛を管理している者は誰だ。出陣前に縁起でもない。しっかり紐で括り付けておけ」