確かに何十年来のジャイアンツ大ファンの夫にとっては、日頃のファンチームのジャイアンツ監督として、また侍ジャパンを率いて優勝に導いた原辰徳監督は、神様的存在でしょう。

でも、ALSを発症以来近くの療養通所介護に週一回出かける以外は、ヘルパーさんのお世話になりつつ、ベッドから一歩も動いたとのない人が、いくら相手が本人にとって神様的存在の原辰徳監督とはいえ、広島まで出かけると言うだろうかとちょっと疑問に思いました。

ここから広島までは新幹線で一時間余かかります。娘は、いつもベッドの上から天井ばかり見つめていて、ほかに趣味もなく、テレビもあまり好きではない人に、せめてそのくらいの楽しみを持たせたいと言うのです。精神的に環境の変化を持たせるためにも……と。

いつもならこの種の話にはすぐに大賛成という私ですが、夫の身体のことを考えると、賛成の即答はできませんでした。特にこのところの著しい体調の急降下状態から見て、いいねとはとても言えませんでした。

この話は決定まであまりにも越えなくてはならない坂が多すぎます。あまりに糠喜びさせてはかわいそうなので、そこでしばらくの間夫には秘密にしておこう。そして訪問医の角川先生、ALS主治医の山谷先生にお話をして見て、許可が出たら実行に移そうということにしました。

幸いなことに山谷先生も大のジャイアンツファンでいらして、夫の気持ちを高揚させるためのご配慮から、いつも往診にいらっしゃるとWBC試合の様子だの、今期のカードがどうしたのと、ジャイアンツの話に花が咲くのです。ですから、夫の気持ちは充分にお汲み取りいただけると思いました。

まず、毎週往診くださる訪問医の角川先生は、娘がこの計画を申し上げたところ〈万全の準備の下で〉そして〈山谷先生のご許可が出たら〉という条件はありましたものの、賛成をしてくださいました。

その上、道中の監視を含めてご自身も同行していただけるということでした。