「お父さんが死んでいたという部屋なんだが、何か変わったことはなかったか? 何か大事な物がなくなっていたとか、いつもと違うことが?」
「慌てていたのでよく覚えていない。君も覚えているだろう? 二階の大きなソファセットが置かれた暖炉のある客間兼居間だ。
あの部屋はでかい花瓶だの石の置物だの、やたら物の多い部屋だった。何がどこにあったなんて言えないよ。
でもそう言えば、部屋の奥の金庫がひっくり返っていたような気がするが」
「中身は見たか?」
正次は首を振った。
「金庫のドアは半開きになっていたが中身は確かめなかった。部屋の他の備品には変わりはなかった。支那の陶器とか大理石の置時計とか古物商に持ち込んだら金になりそうなものも無事だった」
「単なる物盗りではないと?」
「何とも言えない……肝心の証拠は焼け落ちてしまっている。あの時倒れている親父を見て僕がとっさに思ったことは、このままだと親父殺しの犯人にされてしまう、ということだった。
僕と親父の不仲は知られていたからね。僕は怖くなった。
慌てて家から飛び出してそのまま駅へ向かった。東鶴前駅は家から歩いて四十分掛る。駅に着いた時は九時をかなり過ぎていた。
でも僕はそこで考え直して来た道を取って返した……やっぱり死んでいる親父をあのまま放っておくわけには行かない。何か手を打たないといけない。
だが戻ってみると家はすでに炎に包まれていた。駅でもたついていたので十時半はとうに過ぎていた。僕は茫然と燃え盛る火を眺めるしかなかった」