「千里眼」
翌朝、強い風の音で僕とワルツさんは目を覚ました。そういえば、明け方セイレーンが歌っていたような気がした。
「リュシアン、ミルクだよ」
いつもより早いミルクの配達だ。カトリーヌは笑顔でワルツさんに昨日の詫びと本をもらったお礼を言い、僕を見もしないで本屋を出ていった。
次の日もその次の日もそうだった。カトリーヌは顔を扉からひょいと出すだけだった。ワルツさんはそんなカトリーヌを見送りながら深いため息をついた。
「あの娘は別れがつらくないようにするつもりなんだ」
ワルツさんはまだ考えている。カトリーヌにとって最良の方法を。そんなの決まっているじゃないか、って僕は言いたい。
夕暮れが空から降ってきた頃、黒い森に出かけた僕はカトリーヌの様子を見るために教会へ行くことを思い立った。
カトリーヌの住む教会は海べりの高台にある。この高台には黒い森とは対照的に樹が一本もない。僕はこの教会よりももうひとつある教会のほうが好きだ。その教会は木立ちに囲まれた古い美しい教会だ。
あの最低な牧師夫妻のこの教会は海風のせいでポーチの鉄柵は茶色に錆びている。屋根の十字架だけが金色に光っていて、あれを見ると僕はいやな気になる。真っ白い教会の建物も白々しい。まるで白い伽藍堂だ。
白い伽藍堂に光る十字架なんて、嘘っぱちもいいとこだ。僕はゆっくり裏に回って、カトリーヌの気配のする部屋の窓を探した。
「なんで、あんたって子はこんな時に本を読んでいるんだい」
僕は窓にそっと近づいた。
「鍋の中のお肉を煮込んでいる間、読んでいただけです」
カトリーヌは料理をさせられているらしい。不釣り合いな白いエプロンをかけている。カトリーヌの手から本を取って、その本をチラチラ見ながら牧師の奥さんは言った。
「どう見たって、あんたに本は似合わないよ。何度も言うけどあんたの母親は呪われていた。それに、あんたの父親はどこの誰かわからないっていうじゃないか」
奥さんは木桶の水の中にカトリーヌの本を放り投げた。カトリーヌは目と口を一文字に固く閉じている。
僕は目の奥が真っ赤になった。