ある冬の事です。私は肺炎を起こして数日寝込んだ事がありました。自分でもいつもの発熱と様子の違う事を感じていました。
そしてその時ばかりは、母がいてくれたお陰で命拾いをしたのです。母は私の苦しそうな様子を見て、医師の往診を頼んでくれました。
「肺炎を起こしていますね」
「先生! 娘を助けて下さい」
「ストレプトマイシンが効くかも知れない」
母と医師の会話が、虫の息のような状態の私に朧気に聞こえました。そしてその抗生物質を処方してくれたのです。その注射は不思議な程効きました。呼吸ができない苦しさと、言い様の無い胸の痛さで身動きもできず、会話もできない状態から、見る見る回復したのです。
「ストレプトマイシン」と言う初めて耳にした薬は、とても高価な薬に違いありません。私は母が家にいた時で、とても幸運だと思いました。 私は母が家にいる時でも、朝は一番先に起きて朝ご飯の支度をします。でもこの時ばかりは母が先に起きてくれました。そして昔そうだったように、枕元で手早く着物を着て帯をしめて身支度をしていました。
裕福だった頃は、朝のその衣ずれの音で私は目を覚まし、毎日布団の中から見ていたのです。そして、しばらくすると台所からトントントンとまな板の音が聞こえてくるのでした。その頃を懐かしく思い出しながら、布団の中で幸せな想いに浸っていました。
母は家に帰って来ると、切干と油揚げの煮付けや、切り昆布の入った煮物などを作ってくれました。いつものご飯と違い、とても新鮮な御馳走でした。