全体的に京都付近の山というのは、観光化している場所が多く、ある程度の高さまでは自動車で入っていける様になっているせいで、元からあった麓からの登山道は管理が行き届かないままというケースが沢山あります。

私はといえば、登山はきちんと麓の登山口からというルールでいましたので、その時も雪まじりの雨が降る中を、いつもの様に下りていたところ、九十九折れの山道の角を曲がった先に一頭の熊が――大きさは1mちょっとだったでしょうか、そうした場合は恐怖感からむやみに大きく見えるといいますから、おそらくはそんなものだったと思います。

冬を目前に、熊公の方も食べ溜めをする時季で団栗か何かを拾っていたのかもしれません。日本中の山を登る間には、もちろん熊の姿を見掛ける事はありましたし、北海道ではほんの少し前にヒグマが通った雪上の足跡に出くわし、震え上がった経験もありますが、元来、臆病な熊は人の気配を悟るといち早くその場を離れるらしく、そんなふうにばったりと遭遇したのは初めてです。

昔ながらの登山道で、左右は2~3mはある切り通し、道幅は広い所で5mほど、しかし私が熊と出くわしたのはほとんど1~2m程度しかなかったと思います。こちらももちろんびっくりしましたが、熊の方でも驚いたのでしょう。そうなると、あちらは攻撃するという反応しかなく、いきなり襲い掛かってくる。

とっさに杖で防ごうとするより速く、持っていた手が噛みつかれ、勢いで押し倒された時、無意識で亀の様にうずくまっていました。ちょうど冬だった事もあり、着ていた服も厚手のもので、その上にザックを背負っていたため首筋の急所は防げましたが、代わりに頭にものすごい衝撃と痛みが走ったのを覚えています。

ああ、これで死ぬんだな……と思った時になぜだかはわからぬまま、必死でつぶった眼の先へ光り輝く観音菩薩の御姿が浮かびました。