樋口(ひぐち)尋一は今年、十四歳になり、一人前として認められ下忍になった。そして、下忍として、初めての仕事をする機会がやってきたのである。

尋一には、もう一つ嬉しいことがあった。

それは、幼なじみの椎名(しいな)(あん)許嫁(いいなずけ)になったことである。

四代目の風魔次郎太郎が、尋一を一人前として認め、下忍にした。一人前になったのだからと、四代目は尋一と幼なじみの杏を、尋一の婚約者に指名した。祝言(結婚式)は、一年後に予定されていた。

四代目屋敷前の広場から、忍者たちが解散している中、頭目の風魔次郎太郎が尋一の所にやって来た。

「尋一、次は初めての戦いになるな。戦いになるまで、よく身体を休めておけよ」

「はい! 頭目の演説は凄い迫力でした」

「そうか。杏とは仲良くしているか?」

「はい。毎日話をしています」

「杏とお前は、似た者同士だ。皆から人気がある。頑固なところも。ハハハ。五歳の時、ここにきたのも同じだ。あれから九年か」

風魔次郎太郎は、谿紅葉(たにもみじ)に彩られた足柄の山々を見ながら、遠くに霞む富士を見た。秋の空は真っ青な色で、雲は走るように伸びていた。

九年前の関東で発生した大地震により、尋一と杏は、二人とも両親や兄弟を亡くした。その時、四代目風魔次郎太郎によって拾われ、風魔の里に来たのである。

四代目は、そのような孤児を集めて、風魔の里の館(やかた)で育てた。その館の名前は、〝一体館(いったいかん)〟である。

この冗談のような館の名は、震災や戦争によって両親を亡くした子供たちを想って、風魔次郎太郎が考え付けた。四代目は、孤児になった子供たちの〝我が身を包んで離さない寂しさ〟をよく理解していたのである。

その日の夜、尋一と杏は孤児の館〝一体館〟の外で話していた。

夜空には、さざ波のように雲が流れ、その流れと共に、三日月が星の中に吸い込まれていくようであった。