第1章

生意気な小娘だった幼少時代

私の幼少時代の記憶は途切れ途切れではあるが幾つかある。私が生まれたのは、小江戸と呼ばれる川越市の旧市街。当時は鍛冶町（現在の幸町）と呼ばれ、蔵造りの家々が建ち並ぶ町だ。

その中の1軒が私の生家。家の正面は「花見せんべい」という看板を掲げたお店になっていて、ウナギの寝床と呼ばれるように奥深い家の奥は、小さな煎餅工場になっていた。私はその蔵造りの家の2階で生まれ、4歳になるまでそこに住んでいた。

私の名付け親はなんと6歳年上の兄である。なんでも兄は、私が生まれた頃にお煎餅屋にアルバイトに来ていた若い女学生の恵美子さんという人が大好きで、「赤ちゃんは、恵美子じゃなければいやだ」と、言い張ったそうだ。

まあ、母の名前が美枝子だから恵の字は違うけれど、いいじゃない、ということになったと聞いている。因みに、この恵美子さんが数年前、宮坂米菓（株）の工場に隣接するお店にお煎餅を買いに来たらしく、80代のとても品の良いお婆さんだったそうだ。

話を鍛冶町に戻す。鍛冶町の家の隣近所は殆ど商店で、おもちゃ屋のSちゃん、仏具店のKちゃん、キンカメ時計店のTちゃん、近⾧八百屋のMちゃん等、私と同年代の子供たちが沢山いた。家の商売が忙しかったせいか、母は子守の叔母さんを雇い、私は昼間はラタンで作られた乳母車に乗せられ、子守の叔母さんに連れられて家のはす向かいにある法善寺の庭で遊んでいたのをなんとなく覚えている。

しかし3歳になった時、私はこの子守の叔母さんに、「恵美子は、大きくなって一人で遊べるから叔母さんはもう来なくていいよ」と、叔母さんを解雇してしまったそうだ。

この事態は、私の記憶にはなく母から聞いたのだが、この頃から私は、しっかりしているといえば聞こえが良いが、かなり生意気な小娘だったようだ。その後も、6歳年上の兄が子供たちの遊び場だった法善寺から近所の友達にいじめられて泣きながら家に戻ってきた時は、「家の兄ちゃんをいじめたのは誰だ！」と、どなりに行ったそうだ。

こんな話もある。ある日、私は父に連れられてダットサン（日産自動車が発売していたブランド）のミニトラックに乗ってお煎餅の配達に行った。父はお得意さんの店の近くに車を停めて、直ぐ戻って来るからおとなしく待っているようにと言って行ってしまった。

どのくらいの時が過ぎたか分からないが、4歳の子供にしてみれば永遠に感じられたのだろう。私は車の中で大声を上げて泣き出した。すると通りがかりの叔母さん達が、車の周りに集まって来て私に話しかけてきた。誘拐された子供とでも思ったのだろうか。

私は叔母さん達に向かって、「私の名前は宮坂恵美子。宮坂隆二郎の⾧女で、住所は、埼玉県川越市鍛冶町906の4です」と言ったそうだ。