三十五

美大の学園祭にきていた。その時修作は銀座のギャラリーをはしごした帰りだった。まだ何となくもの足りなくて、学園祭シーズンだと思い、足を延ばしたのだった。おそらくふだんは生徒の制作アトリエなのだろう展示エリアに足をふみ入れると、一人の女性が床にモップをかけていた。


上下つなぎの黒い作業服の上だけを脱ぎ、腰まわりで結んでいる。作業服は飛び散った絵の具だらけだった。長い黒髪を後ろで束ねて、丸くまとめていた。彼女の背後には大きな彫刻作品が置かれていた。たぶん彼女の作品だろう。


「近くで見てもいいですか?」


「どうぞ」

彼女は作業の手を止めて修作を見た。修作はハッとした。彼女の周囲には光がオーラのようにとりまいていた。おずおずと彼女のほうへ、いや、作品へと歩を進めていって、巨大な作品を近くで眺める。しかし気はそぞろだった。なにしろ彼女に一瞬でいぬかれて恋してしまったからだ。モップをかけている彼女が端までいって折り返して戻ってきた所で話しかけた。


「……あの僕も美術をやってるんですが、よかったら作品写真を見てくれませんか」


「あっ、はい」


修作はリュックから前回の個展の作品ファイルを取り出し、彼女に開いて見せた。修作がページをめくり、彼女はそれをいっしんに覗き込んで見ていた。