それでも晴美はどうしても決心がつかなかった。
「でもね、父さん。私は父さんや母さんや兄さんや姉さんのいる今の環境で充分なのよ」
「いや――。父さんや母さんだって今は四十代で若いが、晴美の将来を考えると、その『円い町』で生活するのが一番だと思うんだ。それにな、そこでは自給自足の生活をしていて、お金はいらないという。第一、健常者とか障がい者とかの区別などはないというのが素晴らしいと思うんだよ。なあ、晴美」
「でも――」
晴美はそう言われても、もう一歩前へ踏み出せない。
「晴美、父さんはお前に本当に幸せになってもらいたいんだ。母さんも兄さんも姉さんもみんな同じ気持ちなんだよ。分かってほしい。人間は生きていていちばん幸せなのは瞳がきらきらと光り輝いているような生活を送ることなんだよ。なあ、晴美」
時計のバネのように繰り返し巻き返し懸命に説得する父の真心に、晴美は次第に『円い町』へ行ってみようかという気持ちに傾いてきた。
「父さんがそこまで言うのなら、私、その『円い町』へ行ってみるわ。でも、私がとても暮らしていけそうもなかったらここへ帰ってきてもいい?」
晴美は父の目をしっかりと見つめた。
「あぁ、もちろんだとも。いつでも帰ってきなさい。『円い町』は晴美が人生の再出発をする所だよ。きっと」
今まで見せたことのない父親の優しい穏やかな表情に、晴美はすっかりその気になった。