掛川は司法修習を終え、大学の先輩の口利きで、とある京都市内の弁護士事務所に入って約一年間の見習いの後に、この春から正式に弁護士として雇われたところだった。給料は独身の男がまぁ何とか食える程度、彼を名指しで依頼してくる顧客はまだ少なかった。それに彼の勤めている事務所は主に民事を取り扱っており、刑事事件のケースは多くなかった。
とはいえ戦後の混乱はまだ収束状態とは言えず、この業界もやっと形を整えたかどうかといった状況で、頼まれたら何でもこなすという方針でいかざるを得ない。
彼は大学図書館に行き、神林正次の父が焼け死んだ当時の事件に関する記事が出ている新聞を抜き出して閲覧した。正次の裁判は来年の三月に予定されており、検察は彼に前科がないことと、家庭の事情による情状を些か酌量した上で、尊属殺人と放火の罪で懲役三十五年を求刑していた。もしこの件を引き受けるとしたら彼に許された時間は一年しかない。
まず掛川は学生時代の恩師、緒方恒人教授に会いに行った。掛川は送られてきた神林正次の手紙を恩師に見せた。先生はそれなりに正次の身を案じていたのだろう。
「あの夏、研究会に参加した学生の中で司法試験に合格したのは君を入れて二人で、もう一人の方は裁判官志望だから、君以外神林の力になってやれそうな男はいない」と言った。
恩師の励ましを得て彼は神林正次に会いに行く決心をした。
京都の西に位置するその建物は広大な山科の竹林の向こうにひっそりと建っていた。ようやく暖かくなった春の日差しの中を、掛川は初めて目にする拘置所の長いコンクリート塀に沿って急ぎ足で建物の入り口に向かった。