一章 自我が目覚めるお年頃
一 みかどを閉店します
みかどがなくなる――。
それを考えただけでも、得体の知れない寂しい感情が心の底から湧いて来るのです。もし私が泣いたら二人を困らせてしまいそうだから、「お風呂入ってくるね」と言ってその場を立ち上がりました。湯船に浸かりながら、私は二つのことを決めました。
一つ目は、いままでみかどを愛してくれた昔の子どもたちにも来てもらいたいから告知ポスターを貼ること。そして、もう一つは金銭面でこれからは甘えないこと。
私がキャスティングの仕事に就いて二十年、独立して十三年になります。従業員のハナちゃんと、経理を担当している妹の久美子、それに私という小さな所帯です。リーマンショックのお陰で厳しい状況になりましたが、関西の大手通販会社からレギュラーで仕事をいただいているので、収入は安定していました。でも、専属で契約をしていないので、失敗すれば即、打ち切られるという厳しい世界です。
これまではなんとかやってきましたが、急な資金繰りに追われることがあると、「ごめんなさい、ちょっと貸して」と母におねだりしてきました。しかし、いつまでも甘えるわけにはいかないので「いままで以上に気合いを入れて仕事をするぞぉ」と濡れた両手で自分の頰を叩きました。
湯船に浸かってリラックスしたはずなのに、ベッドに入っても目が冴えて、なかなか眠ることができませんでした。私は横たわったまま、みかどが開店した頃のことをぼんやり思い返していました。
両親が富山の石動の浅地でお見合いして、結婚をしたのが昭和二十六年の十月。
私は翌年八月に生まれ、その三年後の四月に妹の久美子が生まれました。
その年の秋に、駄菓子屋みかどは開店したのです。