序章

明治二十一年(西暦一八八八年)十月

実際に彼は、まったくの期待はずれだった。

一つには、ドイツ語での教育が求められていたのに、オランダ語に拘ったことだった。しかも、京都府知事の父親が病気になったとき、マンスフェルトは往診を拒否した。こちらも大問題となり、病院と京都府の両方に禍根を残すこととなった。

マンスフェルトの前任で、京都に初めて着任した外国人医学教師が、ウィーン生まれでイギリス国籍のヨンケルという人物だった。時代の先駆者として、三人の中では最も苦労したはずだった。

「ヨンケル?」

そのとき、大御門が急に目を輝かせた。そしてにやにやしながら言った。

「ヨンケルといえば、とんでもない外国人教師だったんだろう? おまえがお供をして東京に来たとき、俺も一度だけ顔を見たことがあるが、噂は聞いているぞ。職務怠慢な上に、生徒を馬鹿呼ばわりしていたそうじゃないか。あからさまに日本人を見(くだ)す態度が目に余り、結局クビになったと──」

「本当ですか?」と、森が仰天して訊き返した。すかさず万条は、きっぱりと否定した。

「それは全然違う」

「でも、俺が長与専斎先生から聞いたのは、そんな話だったぞ。クビを言い渡されたときには、大荒れとなったそうじゃないか。腹いせに、教師館の庭園を滅茶苦茶にしただけでなく、最後には捨て台詞を吐いて、帰国して行ったと……」

「そんなのは、まったくの出鱈目だ」

万条が苦々しく言うと、大御門は不思議そうな表情を浮かべた。

「そうなのか?」

「確かに彼は、典型的な西洋人だった。欧州の文明を誇りにし、その優越性をはっきりと自覚していた。でも日本と日本人を、心から愛していた。そして日本文化を、真摯に学ぼうとしていたんだ」

「ほう……」

大御門が身を乗り出した。しかしそのあと、万条は急に声を落とした。