また内緒の話をしようね、堀内さん。
「また内緒の話をしようね、堀内さん。じゃあね」
とにっこり笑って立ち去る中西看護師さん。
彼女はいつも痰の吸引をしながら夫に冗談を投げかけてくださるのです。夫は結構それを楽しんでいる様子なのです。
「堀内さんは細い人が好きだって噂を聞いたけど、本当なの」
そう言いながら吸引用のカニューレを袋から取り出し、じっと夫を見つめているのです。夫も間が悪そうな顔をしながら彼女を見つめています。
傍にいる私が、
「お母ちゃんがチ○、○ブ、ブ○の三拍子揃い踏みなのでその反動なのではないかしら」
と言うと、中西看護師は、
「いくら三拍子揃い踏みでも五十年以上見慣れていると、慣れてきて好きになるんじゃないの」
と言いながら夫の顔を見ると、いつも無表情に近い顔の夫の左の頬がピクピクと動いたので、みんな大笑い。
「娘さんには内緒の話じゃね」
と言いながら中西看護師は、そっとウィンク。これでこの痰の吸引は終了となるのです。
とにかくこの看護師さんは、手も足も首も動かなく、かろうじて今のところ動くのは、右手の指が三本、二、三センチしか上がらなく、四六時中ベッドに縛られている夫に、このようにいつもお茶目な話題を投げかけてくださるのです。夫も、彼女のこの思い遣りを知り、心密かにその言動を楽しみにしている様子なのです。とかくこのような長期の療養者は気持ちが沈みがちになるので、明るい軽妙な話題をと毎回工夫してくださる彼女の演出には感謝しております。