『グレー』
予定外に帰宅するのが遅くなってしまい、時計は正午を過ぎていた。庭にママのチャイルドシートつきの自転車が止まっているのを見て、胸からお腹にかけて何かがストンと落ちる感覚とともに嫌な予感がした。
「折り紙……」
スニーカーを脱ぎ捨て台所に走った。ママから何度も言われていたこと。
「なみちゃんはね、大事なものとか遊んでいいものとか区別できないの。ゆいが大切に思っているものや触ってほしくないものは見えないところに置いておくのよ」
初めは何度も失敗した。ママはなみちゃんを叱らない。だから私は自分で気をつける他なかった。なのに……友達、勉強、運動、流行、そつなくこなしてうまくやっているのに、なみちゃんはいつもそれらを覆す。台所のテーブルの上の多面体は、ぺしゃんこになった上にバラバラに解体されていた。
目の前が歪んで、さっきお腹にストンと落ちた何かが、今度は、生き物のように頭に登ってきて自分の意識とは別に何かをしだす自分がいた。
気がつくと、私はなみちゃんの体を突き倒し髪の毛を引っ張っていた。もう一人の私はそれを見ているだけで何もできない。動けない。自分には頭だけしかないという感覚に陥っていた。これは私ではない。でも私。涙が次から次へと流れてきて目の前の光景を映している。ママは、なみちゃんの体を庇い何か言っている。私はそこに一人で立ち、窓から花壇を見ていた。行儀よく並ぶチューリップ。
今度、かなちゃんが緑茶を飲んでいるのを見たら「痩せたね」と言ってあげようと思った。そして甘いアイスをどんどん勧めて、かなちゃんはもっと太っていくのだ。
パパが帰ってきて、パンケーキ屋さんに誘われた。そんな気分にはなれなかったけれど応じる。家にはいられなかったから。パパは魚臭いし、生クリームと果物がトッピングされている人気のパンケーキは全く美味しくなかった。
「なみちゃん、来月から施設に預けようと思うんだ」
パパはコーヒーカップをコトッと音を立てて置くと、そう切り出した。