「弾く」と「聴く」
出物を見に行くことを、二人は「ピアノ探しの旅」と名付け、プレーヤー和枝、リスナー廉が必ずセットで出かけることにした。
音色と響き具合を客観的に聴いてくれる「外の耳」を和枝が必要としたためだ。新高島ピアノサロンのスタインウェイとの出会いから一カ月後、横浜市内の国産メーカーのショールームへ出向いた。
家のピアノと同型のものが一台、「買うならこのサイズを」と考えている少し大型のものが二台、モミの木のツリーを取り巻くように置かれていた。クリスマスフェアのイベントとして、店内ではその大型のピアノを使ったミニコンサートが開かれた。
画家ワシリー・カンディンスキーの孫のミハイル・カンディンスキー氏が展示ピアノの間から飄々と姿を現し、ラフマニノフの前奏曲を弾いた。
天井の高さも広さ的にも制限のある店内は、家の演奏環境と重ね合わせることができ、音の通り方、聞こえ方を知る上でとても参考になった。
早速和枝が三台の試弾に臨んだが、唯一可能性を感じられるピアノは家のものと同じ小型のグランドだった。二人は失望こそしなかったが、「妥協だけは絶対やめよう、これぞというピアノが現れるまでは」と長期戦になることを覚悟した。