おばさんの作る昼ご飯はいつもおいしかった。お姉ちゃんたちのアパートでは由美はよくしゃべって、昭二兄ちゃんも千恵姉ちゃんも楽しそうに話し相手になっていた。僕たちが、昭二兄ちゃんたちに世話になっていることは、負担をかけていることなんだからたくさん遠慮するのは当たり前だ。だから僕は気にかかって心配で不安に思っていることだって自分から訊くことはできないでいた。
「私はずっとお兄ちゃんとおうちで暮らすの?」僕が不安に思っても訊けなかったことを由美があっさり訊いた。
「由美ちゃんとヒロ君はお姉ちゃんたちと一緒に暮らそうね」
由美は「やったあ」と喜んだ。
「このアパートじゃ狭いし、小学校を転校しなくちゃいけないでしょ。おばあちゃんが退院したら一緒に暮らせるようにもしなくちゃいけないから、由美ちゃん家の近くにお家を探しているから、もうちょっと待っててね」お姉ちゃんはじっと口元を見つめていた僕と由美を交互に見て、楽しみにしているような明るい表情で話してくれた。僕の気持ちがやっと明るくなった。
八月に入ったばかりの暑い日、引っ越し先が決まった。三階建ての建物で、一階が新聞販売店で二階の二部屋が両方とも空いている小さなビルだった。三階は住み込みの新聞配達の人の部屋になっていた。駅からは十五分ぐらいらしい。三叉路の真ん中に建てられていて、上から見ると真四角じゃなくて台形の形をしていた。
それからは朝と夕方の送り迎えはほとんど昭二兄ちゃんになった。
「お姉ちゃんは?」由美が口をとがらせて不満そうに訊くと、「夜のアルバイトを始めた」由美の顔を見ずに昭二兄ちゃんが低い声で教えた。お兄ちゃんは三人で帰る途中に総菜を買って、晩ご飯の支度をしてくれた。千恵姉ちゃんは僕たちが寝てから帰ってくることが多くなった。
「何のアルバイトを始めたの?」僕が訊いたとき、千恵姉ちゃんは「スナック」と答えたけど、僕の方を見ずに由美に笑いかけながらだった。スナックってどんなとこかよくわからなかったし、どこにあるスナックなのか教えてくれなかった。
でも僕たちが一緒に暮らすようになって、お金がかかるようになったからだってことは、僕にはわかった。そう考えると自然と俯いて自分の膝を見つめてしまう。これからもずっとお姉ちゃんたちに迷惑をかけるんだ。
お父さんの作業場の道具や部品なんかは平井のおじさんが何度も来て片付けていた。おじさんは家に入ってくるときにはにこにこして僕たちに元気な声をかけてくれるけど、片付けている後ろ姿は、元気がなく、ため息をつくことや、しゃがみ込んでじっと動かないこともあった。だから僕たちはおじさんに話しかけられなかった。