Ⅰ レッドの章

メモワール序章

三十代初め、僕はパリのソルボンヌ大学に留学していた。一緒に学ぶ学生たちは僕より十歳若く、戦争を知らない若者たちだった。丁度日本が戦後の復興を成し遂げ、東京オリンピック開催に沸き立っていた時だった。ある時彼らに聞かれた――

どうして聡明な日本人があんな馬鹿な戦争をしたのか、と。

だが僕はうまく答えられなかった。戦争の体験を持たない人間は幸いである。だが戦争を体験しない人間は、自分たちがいかに幸運であるか忘れがちである。

僕の少年時代は大人たちの戦争の重い記憶に引き裂かれた灰色の時代だった。Jとフランスの海岸を歩きながら、僕は自分の生きてきた年月を思い返し、敗戦直後に青春を過ごした自分のメモワールを残しておかないといけないと思い付いた。

それにしても七十年もの長きに亘ってパクス・ヤポニカ(日本の太平の世)を謳歌してきた現代の日本の若い人々に、いかにあの過酷な時代を伝えたものだろうか。あれからまた十年経ってしまい、いまだに自分の決心を遂行出来ずにいる。それは自分の怠慢のせいばかりとも言い切れない。美しくて切なく、そして一抹の罪の意識の残るほろ苦い思い出。最後は暗く衝撃的な結末を遂げたあの事件を避けて自分の青春を語ることは許されない。それゆえに今まで語らなかった。

このままずるずる時間の経過に任せていれば、やがて僕の記憶も薄れ、何も語らずに僕という人間が消滅するのはもう目の前だ。残された時間は余りない。それは遥かかなたの遠い記憶に思える。まるで夢のような、取り留めもない幻のような――だがつい昨日の出来事のようでもある。ほとんど信じられないくらい遠いのに、同時にこんなに近いとは――

事実あのころの生活習慣や社会的な出来事など、国会図書館かネット上のアーカイブで探しても今は出てこないことがある。僕より若い教え子に帝銀事件や社会党政権の話をしてもきょとんとされるか、それは村山内閣のことですかと聞かれるのが落ちだ。