「記録には書かないといけないから。名前と学年言って」

「はい。一年B組の前田純太です」

「そう。どこで?」

「はあ」

「授業中よね。教室で?」

「はい」

「何の授業?」

「数学です」

「数学ね、えーと、井上先生かな」

「はい」

と言ってから聞かれもしないのに何故か

「ちょっとふざけてて」

「井上先生の授業だよね」

佐伯先生がケゲンな顔をした。授業態度に厳しい先生だという事は教師間でも知れ渡っているようだ。

(これはまずい)と思ったが、何故か井上の投げたチョークが当たったとも、告げ口のようで言いにくく(こんな所でつまらない正義感が出てくる)言い訳のようだが

「大した事なかったのに、井上先生が心配して保健室に行くようにって」

多分、二年生の喧嘩があって怪我人が出たからだろうか。教師たちは敏感になっていた。

「そう、それで? どうして?」

と、佐伯は何故井上の授業でふざけたのか理由を知りたがった。

「先生、さっき二年生が喧嘩ありましたよね」

と逆に質問したら

「大丈夫。大した事なかったのよ」

「何があったんですか? 二年生に」

「大した事ないのよ。冗談が、ちょっとやり過ぎちゃっただけ」

「そうか、良かったですね、大した事なくて」

俺も佐伯も二年生のいざこざが大した事がないと言っているのか、刺された相手のケガが大した事はないといっているのか曖昧だった。が、どっちにしても大した事がないと言ってその出来事から生徒たちの興味が薄まる事に期待しているようだった。

西泉高校が特別に荒れた学校でもなく、特に問題がある学校とも思ってはいない。高校生という多感な年齢を無事にやり過ごす為には皆何らかの問題を潜り抜けていかなければならない。机の上に新聞の切り抜きがあるのを見た。佐伯は純太の言葉をどう受け取ったのか分からないが、彼の視線の先にある新聞の切り抜きに目をやり、それの一部を手にした。

「中一転落死、いじめ認定」

佐伯は話題を変えて、記事の見出しを声にした。

「やっとよ。認定まで時間がかかった。悲しいわね。またいじめで一人、大事な命がなくなった」

【前回の記事を読む】【小説】腹痛で授業に遅れた少年、先生からチョークを投げられ…