次の日から毎朝、「おはよう、ゆっくり眠れた」と声をかけた。外出の前には、「じゃあ行ってくるからね。帰ってくるまで待っててね」、帰宅すると、「ただいま。元気だった。寂しくなかった」、就寝前には、「おやすみ、今日も一日ありがとう」とブルースターとエリンジウムを手のひらでそっと包み込んで撫でながら優しく声をかけ続けた。
それに答えて彼女たちの視線は常に離れず彼を求めている。
ブルースターは茎を切った後に出る白い樹液を洗い流さないと水の吸い上げが落ちて萎んでしまうと母親から教えてもらったので、さっそく次の朝の水替えの時に切り口についた白い樹液を指で擦って落とした。
彼女たちのためにエアコンで部屋の温度を一定に保ち、保湿のために花びらにかからないように気を付けて茎や葉に霧吹きで水を優しく吹きかけた。
朝夕に水を替え茎のヌメリを擦り落としたが、効果がないようなので食塩水の中に切り口を入れて樹液が出なくなるまで洗い、切り口を少し切り戻す水切りを行った。それでもしつこく白い樹液が出たので切り口をお湯で煮沸して吸水を促進させる湯あげをして様子を見た。日がたつにつれ水揚げが悪くなったので切り口を焼き炭化させて水の通り道を作り給水しやすくしてみた。
その間、トゲトゲに守られた個性あふれる青紫のエリンジウムは彼がブルースターをどう扱うのかをじっくり観察していた。
毎日バイト帰りに女性の姿を確認したくて駅を出る時は必ずフラワーショップに目を向けてみたが、午後八時を過ぎていたので店の灯りを見つけることはできなかった。
店の女性が言った通り、ブルースターの花は綺麗な水色から日に日に青が濃くなっていき紫色に移ろった。だが手厚い看護も夏の暑さには勝てずブルースターは下の方から順々に紫に染まる花弁を下向きに蕾んでいき、最後に残った一番上の花もとうとう閉じてしまった。
その花をゴミに出すことができず、「ありがとう。ゆっくり休んでいいからね」と言葉を添えて庭の空いた場所に静かに置き彼は埋めてあげた。
一方、エリンジウムはこの世界を逆さから見ることでドライフラワーとして彼の部屋に残ることになった。
不思議なことにブルースターが姿を消すとその機会はすぐに訪れた。
その日、強い雨でバイトは早く終わりフラワーショップの閉店にぎりぎりで間に合った。