「そうそう、ここへ来る時に渡った交差点、月待池南交差点というのですね」

私は話題を変えました。

「ええ、それが?」

「月待池なんてずいぶん綺麗な名前ですが、月待池南というからには、あの交差点の北の方角にそういう名前の池があるのですか」

浜村さんはふっとため息をついてから、

「ありますよ、でも現在は立ち入り禁止地区に指定されています」

「そうなのですか。こちらの帰りにでも立ち寄ってみようかと思っていたのですが。残念だな、立ち入り禁止になるなんて何か理由でも?」

すると浜村さんの顔から急に笑顔が消えました。

「月待池と聞くと月の美しい池なんだろうと皆さん思われるようですが、実はそれはあとから付けられた当て字なのです」

浜村さんは上着のポケットから手帳とボールペンを取り出して目の前のテーブルに置き、手帳の一ページにこう書いたのです。

憑魔血(つきまち)

「な、何ですか。これ!」

その文字の禍々(まがまが)しい恐ろしさに、私は思わず悲鳴に近い声を上げてしまいました。

「これがもともとの池の名前です。あまりにも不吉な名前だというので、町の観光課が改名しました。昔のことですがね。本来の名前を知っている人の方が今は少ないでしょう」

「何かその名前に特別な(いわ)れでも?」

「いろいろ奇妙な伝説が残っています。展示室にも資料はありますから、ぜひ読んでみてください。貸し出しはしていませんが、こちらの休憩コーナーで読むことはできますから」

時間のある時に、この資料館で月ノ石の歴史や文化について調べるのもいいかもしれないと私は思いました。

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