第一章 発端
「さっきの続きですが」
浜村さんは思い出したように、
「先ほど《聖月夜》の詩の作者が、暗に男性だとわかるような文体になっていると申しましたが、あと二つばかり気になることがあります」
「話の腰を折ってすみませんでした。あと二つとは?」
「まずこの詩に出てくる松林ですが、海岸沿いに松林が存在するのです、この月ノ石に」
「ああ、あの国道沿いの海岸ですね」
「はい、ちょうど国道を挟んで月ノ石駅の反対側のあたりです。海からの強い風を防ぐために人為的に作られた防風林なのですが、全長二・五キロメートルにもわたる松林で」
車で国道を走っていると、確かに国道と海の境目に沿って長い松の林が続いているのが見えます。松林が途切れると、突然海の輝きがキラキラと目に飛び込んでくる景色を私は気に入ってもいました。
「あの松林の中には遊歩道があって、ジョギングや犬の散歩、隣の遠波駅まで歩いていく人が使ったりします。殺風景な国道を歩くより風情がありますからね」
「あの松林の中に遊歩道があったとは知りませんでした」
「ですから、海岸の松林で一人の少女に会った……その松林は、この月ノ石の海岸沿いの松林ではないかと推測できるのです」
浜村さんは推測という言葉を使ってきました。
「あの詩は作者のフィクションではなく、実際にこの町で起こったことだとおっしゃるのですね」
「ええ、私はそう思っているのです」
浜村さんはお茶をすっかり飲み干してしまったらしく、二本目を買うために立ち上がりながら、
「そしてもう一つは」
すでにこの詩の謎をどうしても解きたくなっていた私は、浜村さんの次の言葉を待ちました。
「最後の行です。影を連れて少女は消えてしまった、とある」
「少女が歩き去ったという意味ですよね」
「ええ、普通に考えれば何の違和感もない表現です。少女は作者とのゆきずりの会話に飽きたか、用事があって急いでおり、作者をおいて足早に歩み去った、ということでしょう」
私は黙って頷きました。
「この場所から離れたり、どこか別のところへ行ってしまうことを、消える、と言ったりしますよね。あいつは俺の前から姿を消したとか、君が消えたあととか。いますぐ私の前から消えて!などと言う女性もいます。ですが、本当に消える、姿形がなくなる、存在自体が消失するという本来の意味も無視できないのではないかと私は思うのです」
驚いて浜村さんを見返すと、浜村さんはまあまあと言うように、つけ加えました。
「日本では昔から神隠しということがありますし、さっきまでいた人が突然いなくなってしまうという話は世界中にいくらでもあります。魔の三角形の海域として知られているバミューダトライアングルのように多くの人々が航空機ごと集団で消えてしまう例もありますね。まさに《消える》なんです」