序章
科学の現場では、通常病気の流行当初に、手がかりを求めて詳細に調査される。研究者はその病気がどの要因が従来の病気と共通するかを問いかける。多分読者も本、映画、テレビなどでそのような手順が取られるのを見たことがあるだろう。
1934年と1935年のロサンジェルスの病院スタッフに慢性疲労症候群が広く感染したとき、当初少なくとも同様に調査が実施された。この新しい病気が最初に拡がったとき現場で調査したのはエール医科大学教授のジョンR.ポール博士とニューヨークのロックフェラー財団の医師レスリー・ウェブスターだった。
1971年に出版されたポリオの歴史に関する本で、ポール博士は当時は筋肉・脳脊髄炎(ME)と呼ばれ、今では慢性疲労症候群として知られる新しい病気について1章まるまる使って説明している。
MEは文字通り脳と脊髄の炎症を意味する。多くの人はこの病気を慢性疲労症候群/筋肉・脳脊髄炎、略してCFS/ME と言い、他の人はME/CFS と称するほうがより正確に表示していると考えている。疲労は多くの病気の症状であり、この疲労という用語を使ったために科学的解明が遅れ、患者たちを40年間も無視する状況に置いたと私は考えている。
患者たちはME/CFSという用語を支持しているので、本書ではこれを使うことにする。(以下日本文では慢性疲労症候群と称します。訳者注)数十年経ってもポール博士はこの慢性疲労症候群の最初の大発生とその起源かもしれない事態に直面した経験にうなされているように思われる。彼らは決定的に重要な何かを見逃していたのか? ポール博士は次のように書いている。
ロサンジェルスの事例は、自分たちが専門家だと自負する人ですら、特に患者に対しては認めることをひどく嫌うだろうが、時には無茶をしてひどい目にあうことがあるという教訓になる。それは耐えられないほど苦い思いをもたらす教訓だ。
私たち調査班のメンバーはなぜか、現状認識の常識を覆す事態に気づかなかったし、ヒステリー症的要素とかポリオのような病気が現場に溢れている可能性について充分重要視することを怠ったのだ。言い訳にならないかもしれないが、私たちは最初からポリオウイルスを別物として分けて考えるものだと思い込んでいたせいか、他の可能性に思いが及ばなかったと言える。(※1)
私はポール博士のような正直で反省力のある研究者になりたいと自身で思っているが、博士は何か秘密にしているのではと思う。私たちの研究結果、高まった議論を考えてみるにつけ、ポール博士が述べた「現状認識の常識を覆す事態」とは何を意味するのかを考えてしまう。病気に関して真実を追究するのに覆す事態などあるのだろうか?
ウイルスは科学者がそれに関し何を発見しようがお構いなしだ。ここで科学が何かを隠蔽しているのではないかという疑問が残るのだ。
※1 John R. Paul, MD, A History of Poliomyelitis (New Haven, London: Yale University Press, 1971), 224.