真空管の中 愛された女房
夫の命の時間はもう最終章
ちりちりと燃える命のろうそくは一センチとない
溶けたロウは微かな呼気さえ止めてしまいそうに
ととろとろと下に下にと流れ落ちている
若くして逝こうとする夫に会いに
友人や親せきがやってくる
「ありがとう」「すまない」
振り絞る笑顔で答えていた彼に限界が来た
枯渇した心底からの一滴の声でつぶやいた
「一目会いたいのは誰のためだ?
俺に思い出は残らない
生きていく君たちのための思い出か?
死んでいく俺を見たいのか?
もうたくさんだ!
女房だけいたらいいから出ていってくれ!」
親もわが子も友人たちもいなくなった部屋
私は
彼を赤子のように胸に抱いた
そして
彼の故郷の歌を子守歌のように何回も繰り返した
あの碧い海が恋しかろうに
年をとって故郷に帰りたかっただろうに
「♪ここはくしもとむかいはおおしま」
静かな静かな真空管の中にいるように時を歩いた
泣けばわずかな炎が消えそうで
真空管の中が壊れそうで
ただ二人だけで時を歩いた