中川館長は山倉教授に打ち明けた。酒が入ったこともあって率直に悩みを切り出した。
「市長から言われてね、実は困っている。信長公の居館再生に向けて基礎調査をしろと言ってきた」
そこでため息が出た。山倉教授から察すると相当悩んでいるらしい。
豪胆な中川館長にしては珍しいことに思われた。
「信長の研究はすでに沢山出ている、いまさら新発見など出来るわけない。なにより困っているのには基礎調査する人材がいない。なにかいい手立てはないかな」
中川館長の深刻な表情を見て山倉教授はしばらく考えた。
そうしたところに次の料理が出た。山野の主は言った。
「何か難しい話のようですがこれを食べてみてください」
出されたのは平目の薄作りであった。ふぐ刺しと同じ食べ方で食する。口に入れてみると平目の甘みがあり、食感もよく、なんともいえない旨味があった。しばらく声が出なかった。二人とも、もくもくと食べた。
山野の主人が館長の目をみながら言った。
「ひさびさにいい平目が手に入りました」
お客の満足そうな顔を見て得意げな表情を見せた。
いつしか二人はおいしい料理とうまい酒で笑顔になっていった。
山倉教授が話を切り出した。
「うちに若いが意欲的な助手がいる。現在、高校の授業も受け持っている。よかったらその助手を回してもいい。ただし一年以内という条件と、高校の授業も続けてもよいということでしたら」
中川館長は答えた。
「ひょっとして森村先生の教え子か」
「そうです。教授の秘蔵っ子です」
「うー」。館長は思わずうなっていた。
一呼吸おいて早口に言った。
「大変ありがたい話だ。条件はすべて飲むから話を進めてくれ」
悠子の知らないところで話が運ばれていった。
その夜の極めつけは、こしあぶらと、たらの芽の天ぷらであった。どちらもふくよかな香りと弾力さがほどよくあり、それとえぐみがあった。別々に出された。その間に八センチほどのあまご天ぷらが出された。あまごの衣は山菜と少し違うようであった。
たずねると主人は答えた。
「あまごには片栗粉を薄くまぶします。温度も少し上げます。食感がいいからです。それにあまごは頭からしっぽまで全部食べられます」
天ぷらは二人の食べるころ合いをはかって揚げられていく。
しめは炊き立てご飯に、細かく刻んだ赤カブを合わせた混ぜご飯であった。二人ともおかわりをしていた。