落馬した河津三郎は、倒れ伏したまま身動き一つしない。
「三郎! さ、三郎ッ!」
伊東祐親ほどの権力者、戦場往来の古つわものと聞こえた彼とても一人の親――。無我夢中で我が子に駆け寄り、その頭を膝の上に抱きかかえた。祐親、この時六十を超えている老年。頼もしい嫡男を襲った凶事に、哀れなほど慌てふためく。
……三郎の傷は、かなりの深手であった。
伊東に伝わる伝承によれば「やじり深く腰骨に立ちて抜けず(略)ようやく抜けば、周りの肉も共に取れて、息たちまち絶える」
とても、手のほどこしようがない。老いた父は我が子をかき抱いて、「分かるか、見えるか。わしじゃ! 父じゃぞ」と、泣きながら呼びかけるしかなかった。
「父上――父上」
三郎はかすかな息の下で、父の伊東祐親を呼ぶ。
「父上、どこにいらっしゃいます。父上……」
満身朱に染み、息も絶えだえに答える三郎、眼前にある、父の顔すら見分けられない。
「ああ、三郎!」
祐親は狂気のように叫ぶ。
「息子よ、しっかりせい。このわしが、父が分からぬのか! そなたが枕にしているのは、父の膝であるぞ。ああ! なぜ老人のわしが助かり、若いそなたがこんな目に……。わしが代わってやれたら――」
しかし、こうしているうちにも、三郎の息はますます細り、目の光は消えてゆく。
「三郎! しっかりせよ! 敵の姿は見たか。三郎!」
もはや、誰の声かも分からなくなっていた三郎だったが、わずかに言葉を理解したのだろう。かすかな声で父の問いに答える。
「わたくしを射た者は、工藤祐経の手先……。見覚えのある者が二人いました。祐経がわたくしを……。父上――ああ、父上、どこにいらっしゃいますか……。後を頼みます。子供たちを……」
わずかにそう語って、三郎は絶命する。享年、三十一歳。老父は、死せる息子の顔に自らの頬を押し当てて慟哭した。
「三郎、三郎よ! 父を捨てて冥途へ行くのか。わしを置いていくのか! さ、三郎……」
父が泣けば、周りの武士たちも声を揃えて泣く。止めどなく散りゆく山紅葉、梢を渡る風、谷間を流れる水の音さえも、泣いているかと思われる秋の午後だった。