三 シャチの来襲とお父ちゃんの死
数日後、ハナコ達の群れはシャチの群れに襲われた。シャチ達は二十頭以上いた。
シャチは海のギャングだ。そしてクジラの天敵だ。世界最大のクジラである全長三十メートルのシロナガスクジラでさえ、体長五、六メートルのシャチの群れにかなわない。
シャチに襲われたクジラはパニックを起こし、冷静な判断ができなくなる。それほどシャチは恐れられているのだ。同時にそれは、クジラがパニックを起こすほど感情が支配する知的生物であることを物語っている。
シャチなどの外敵に襲われたマッコウクジラの群れは集団で防衛態勢をとる。
子供達を中央に集め、オトナ達がその周りを頭部を中心にして密集し、尾ビレをばたつかせてシャチを撃退しようとするのだ。まるでライオンの群れに襲われたシマウマの群れのようだ。この姿を『菊花陣形』別名『マーガレット・フォーメーション』といい、マッコウクジラ独特のものだ。そして身体の大きなオトナのマッコウクジラがシャチに体当たりして追い払うのだ。
しかしシャチも諦めない。執拗にマッコウクジラの群れをつけ狙い、尾ビレに打たれないように気をつけながら、隙を見てマッコウクジラの胴体に噛みつこうとする。特に力の弱い子供のマッコウクジラが狙われるのだ。オトナのマッコウクジラの隙間をかいくぐり、子供に噛みつこうとする。何頭かが噛まれて血を流した。
群れのリーダー格のお父ちゃんは、パニックを起こしている仲間達を必死に励ました。
「みんな、頑張るんだ。シャチは我々マッコウクジラほど深くは潜れない。子供達がはぐれないように中に集めて、オトナ達がその周りを円形を組んで尾ビレをばたつかせながら子供達がついてこられるスピードで少しずつ深海に潜るんだ。そうすればシャチは必ず諦めるから」
しかし、パニックを起こした何頭かの仲間は集団を離れてしまい、たちまちシャチの餌食になった。それを見たほかのマッコウクジラは更にパニックを起こした。
「このままでは群れは全滅だ」
お父ちゃんは何を思ったか、突然一頭だけ集団を離れた。
「お父ちゃん! お父ちゃん!」
ハナコとお母ちゃん、お兄ちゃんは狂ったように叫んだ。
「大丈夫、必ず逃げてみせるから」