積雪
真田裕也のもとに、実の娘である悠希が急死したことを知らせる電話が鳴ったのは、午前五時半頃のことだった。警察の話によると、彼女は一人で住んでいたアパートの部屋のクローゼットの中で首を吊った状態で死亡しており、おそらく自殺であるとのことだった。
ハンガーラックから吊り下がる彼女の足元には、ネット通販で手に入れたと思われる業務用の青いビニールシートと、大判のマイクロファイバータオルが何重にもなって敷かれ、数個の防虫剤と消臭剤がクローゼット内とその周辺に点々と並べられていたという。第一発見者は、悠希の高校生時代からの旧友である神崎莉子と、彼女からの電話を受けた物件の夜間セキュリティ会社の担当者だった。
莉子は、深夜に突然電話をしてきた悠希が通話を切る寸前に発した言葉に引っ掛かりを感じ、その時に生まれた確信的な憶測のせいで眠ることができず、早朝になって始発で悠希の家を訪ねたとのことだった。
部屋に入った莉子とセキュリティ会社の中年男性はすぐに一一九番へ通報したが、到着した救急隊員の表情は事態の重さによって生じる焦燥や真剣さよりも、妙な冷静さを帯びたものだった。悠希の訃報は、真田の元妻で悠希の実母である田島沙耶香にも警察より伝わっていた。悠希がアパートを借りる際、保証人は真田になっていたが、緊急連絡先には真田と沙耶香のそれぞれふたつの電話番号が登録されていたからだった。
警察署内での安置が終わる日程と、悠希の身体の行き先を警察官と電話で話し合っていたとき、沙耶香の番号が通話を遮る音がした。
「すみません、すぐにかけ直します」
警察との通話を終わらせ、真田は沙耶香との通話に移行した。ふたりが話をするのは、三年前に離婚して以来のことだった。
電話口で、沙耶香は終始泣きじゃくっていた。どうして悠希は悩みを打ち明けてくれなかったのか、どうしてこんなことになってしまったのか、あなたは何も知らなかったのか。同一の内容と言葉を捲し立てられ、真田は為す術もなくそれに相槌と謝罪を繰り返した。
「私と一緒に入会していれば、自殺なんてしなかったのに!」
沙耶香は通話の終わりに、そう吐き捨てた。苛立ちと悔恨が込められたその台詞は、ふたりの会話を終わらせる無音の合図とは裏腹に、大きく激しい音を響かせながら過去と現実の間を駆け巡った。
真田は頭の中でそれをしばらく反芻し、自室のホットカーペットの上に腰を下ろし、ゆっくりと寝そべった。文明の発展が生み出した人工的な温もりに包まれながら、涙ひとつ出ない自分の心の冷たさを恥じた。そうして三十分ほどした後、再び真田は警察に連絡し、二日後の午後に悠希の遺体を引き取る旨を伝えた。