イエス・キリストは次のように「律法の権威・有効性」を宣言しています。正しさの基準は永遠に変わらないのです。
<「マタイ」5:18>あなたに断言して言うが、天地が滅びる時まで、律法の中の一点一画でも決して消え去ることはない。それまで全部が成就されます。
ではなぜ「第1の義」なのでしょうか? それは「原罪を背負ったサタンの支配下のまま」では、人は自由意志でイエス・キリストに近づけないからです。必ずと言ってよいほど、サタンが試練で攻撃してくるので、信仰に入ること自体が非常に困難な挑戦になるからです。
そしてこの状態での入信のための霊の戦いでは、通常、支配者であるサタンに勝てません(旧約時代の清めの儀式は一時的な「見なしの義(罪が覆い隠されただけ)」であり、だから常に「悔い改め」が必要だったのです)。
従って誰でも信仰告白(意志だけ)によって、簡単に神様の陣営に入れるようにするために〔イエス・キリストの十字架の死による原罪の贖い〕によって、《信仰以前の段階で、人類すべての人々》が「第1の義」〕とされているのです。
これが神様の公正・公平な論理性=憐れみによる条件設定(十字架の死)であり、この世に対する「福音の呼びかけ」の救霊定理です。
創造神はどんな人の自由意志をも徹底的に尊重されるので、キリスト教をキリスト教たらしめるためにこそ、絶対必要な「全人類平等の霊的基礎・無原罪の前提条件」なのです。
次の段階として信仰に入る/入らないのも、その人個人に任せられており、定められた運命なのではありません。洗脳や強制で信じさせるのではありません。さらに背く者がサタンの支配下に戻るのも、その人の自由(意志)です。