そのときやっとわかった。お父さんは疲れていたんだ。僕たちは学校が休みだったから遅くなっても平気だった。僕が、前に裕ちゃんと光君と三人でやったことのあるエアホッケーを見つけて、由美を誘って得意になってやり方を教えてゲームを始めた。それからお父さんを誘って大騒ぎをした。ゲームなんかしないで帰ればよかったんだ。エアホッケーなんてあそこでやらなくたって帰ってからできる。由美の前で得意になりたかっただけだ。
僕の頬は固まって動かなくなった。お父さんがゲームを始めたとき、昼間のアスレチックのときみたいに張り切っていなかった。苦笑いして、しようがないかって表情だった。もう疲れていたんだ。前の日に遅くまで仕事して、朝早く起きて支度してからずっと運転してきたんだから。
お祖父ちゃんと昭二兄ちゃんが病院に残って、僕たちは恵三兄ちゃんが運転する車に乗せられた。静恵おばあちゃんが助手席に座って、お姉ちゃんを挟んで僕たちが後ろに座った。僕の頭はずっとぼんやりしたままで、僕の肩に乗ったお姉ちゃんの手が温かかった。
「もうすぐ横浜よ」とお姉ちゃんに言われて急に眠くなった。目が覚めたら千恵姉ちゃんたちのアパートの前だった。恵三兄ちゃんは僕たちに「また来るからな」と声をかけて、そのまま車で帰った。
僕たちは初めて千恵姉ちゃんたちの部屋に入った。途中で買ってきたおにぎりを食べているうちに布団を敷いてもらって、横になるとすぐ眠ったつもりだったけれど、ほんの少しで目が覚めてしまった。千恵姉ちゃんと静恵おばあちゃんが小さな声で話をしていた。
朝、千恵姉ちゃんに連れられて僕たちの家に帰った。僕たちの家は二階家で、一階はお父さんの電気工事の道具やコードや部品なんかを置く棚が半分以上を占めて、作業場になっていた。作業場の奥に一段高くなって台所とご飯のテーブルがあって、風呂場とトイレがあった。
昨日の朝早くこの家から家族四人で出発した。見慣れた作業場と台所だけど、今日は蒸し暑くてがらんと広かった。ガラス戸を開ければ流し台の前でお母さんが振り向きながら「お帰り」って言うんじゃないかと一瞬思った。
千恵姉ちゃんは台所に上がらずに、隣の家に僕たちを連れていった。隣のおばさんは千恵姉ちゃんの説明を聞き始めてすぐに手で口を覆って、しばらくしゃべれなかった。
その後、涙を浮かべて、「ニュースでやってたと言われたけど信じられなかったのよ……可哀想に……」それだけは聞こえたけどあとは何を言っているかわからなかった。おばさんが泣いてる姿を見ても、隣の自分ん家に戻ればお母さんもお父さんも帰っているかもしれないと少し思っていた。
