第一章 発端

腕時計を見ると針はすでに九時五分を指しています。私は会計を済ませて店を出、交差点を渡って資料館へと戻りました。

改めて交差点の信号を見ると《月待(つきまち)(いけ)(みなみ)交差点》との表示があります。ということは、この交差点の北の方角には月待(つきまち)(いけ)という名の池でもあるのだろうか。私はそのあたりもこれから会う浜村館長に聞いてみようと思い立ちました。

(つた)の絡まる資料館の門を入ると、入り口のドアはすでに開いていました。入り口を入ると細い廊下の右側に受付のようなブースがあり、張り出した棚にお(こころざし)と墨で書かれた木の箱と芳名(ほうめい)帳が置いてあります。入館料は無料だが、気持ちがあればささやかでも寄付をということなのでしょう。私は財布から五百円玉を取り出して箱の中に入れ、芳名帳を開きました。

昔ながらの和紙を束ね、太糸で()じられた芳名帳には、閑古鳥が鳴いているとの噂に反して訪れた人々の名前が記されていました。夏休みだった八月のページには、家族で来館でもしたのでしょう、同じ苗字の四人連れの記載もあり微笑ましく思われました。

そして私が最初に書くものと思っていた九月十日のページには早くも一人の名前が美しい楷書体で書かれていました。

「この時間にもう入館している人がいる」

私はなんだか嬉しくなりました。

芳名帳の名前は、小出美夜子。

小出(こいで)は読めました。が、美夜子の方は何と読むのか。「みやこ」あるいは「みよこ」、もっと別の読み方があるのかもしれませんが、いずれにしても美しい名前です。

私は案内に従って廊下の突き当りの階段を上がりました。二階は広い展示室になっており、月ノ石町の歴史に関わるいろいろな資料が所狭しと展示されていました。しかし誰もいません。私より先に芳名帳に名前を書いた

「小出美夜子」は閲覧を終えて展示室を出たのか、あるいはもう別の部屋に移動したのでしょうか。

それより浜村館長はどこにいるのか、どうすれば会えるのだろうか。