ただすべてが上手くいっていたかといえば、そうでもなかった。千景にとって肝心の仕事はというと、残念ながら順風満帆にはほど遠かった。
長山町でのカメラマン稼業は先客の写真館があり、田舎特有の暗黙のルールで、客を奪うことは事実上不可能であったし、千景が苦労して撮った只見線の写真は、それを高く買ってくれる相手がどこにいるのか千景には見当すらつかなかった。一度東京の知り合いの出版社に掛け合ってはみたものの、色好い返事をもらえないまま時ばかりが過ぎていった。
ただ幸いなことに料理を作ったり、雑用をしたりすることにまったく抵抗がなく、器用で何でもこなせる千景は、次第に咲也子が切り盛りしているめぶき屋を手伝うことで、自分の居場所を少しずつ固めていくことができていた。
咲也子の肺がんが発覚したのは、二人が籍を入れた半年後だった。それからというもの、びっくりするような速度で、咲也子は老婆のような容姿へと変貌を遂げていった。あの綺麗で愛嬌のあった顔は、しわを刻んだ中年女のそれへと変わり、白くて透き通るようだった肌は黒ずんで、彼女の表情からは笑顔が抜け落ちていった。
咲也子が貯めていた蓄えもあっという間に減っていき、千景にはなす術もないまま、桃源郷と思えためぶき屋での暮らしは、みるみるうちに苦行を伴う不安定な場所へとその姿を変えた。
咲也子は息をするのが徐々に困難になっていき、激しく咳き込んでふさぎ込むことが多くなり、たまに子供たちや、時には千景にまで負の感情をぶつけることが増えていった。それから半年後に咲也子が亡くなった時、千景はどうしようもない喪失感に襲われていた。女将が亡くなったというのに、町とのつきあいが希薄だっためぶき屋の葬儀を訪れる町人は稀だった。
それからというもの、千景は茫然としたまま、ただ空虚な時間を過ごしていた。客を取るでもなく、日中から酒のにおいをさせて、川岸で只見川をぼんやり見ていることが多くなった。